住宅街の一角に
鉄筋コンクリートのアパートがある。
交差点の角に位置し歩いてくると?
目に飛び込んでくる名前は「シャトー白鳥」
昭和の匂いがするので気に入っている。
2階建て築5年2DKだ白壁を基調とし、
青色の文字で「シャトー白鳥」だ。
パッと見て分かる南側の角部屋に、
三ツ谷親子の部屋がある。
茜色に染まり切れないグラデーション。
青空と白い雲が茜色に照らされているのだ。
2階の部屋から野菜をグツグツと煮込む音に
スパイシーな匂いが部屋を包む。
テーブルには白飯だけが
添えられた皿が用意されている。
どうやら晩御飯のメニューはカレーライス。
舞花はやや辛口のカレーが好みだ。
「CoCo壱の1辛ぐらいにしてよ。」
母の鶴に頼んだのは1時間前だ。
果たして結果は如何に?なのだ。
舞花は椅子に座り木嶋の依頼を思案していた。
なんだかんだイベントの2日前の今日・・。
未だに生花のデザインが決まらずに居る。
母の鶴に相談しようと言うわけで・・。
しかし?
何処までいっても母の鶴は京の女過ぎる!
切れ長の瞳のくせに瞳はまるでビー玉。
鼻筋は通って高い。薄い唇!
地元は右京!凄まじく京の女!
家系が池坊の生花を継承したきたから?
華道の家元なのだが?
本よりラーメン屋の娘で
元陸上部のスプリンターだった
舞花もとい結奈にしてみればなんとも
近寄りがたい存在なのだから・・。
その割には庶民的な鶴だ。
調理の前に電話していたが、
近所のおばちゃんからは「鶴さん」と呼ばれる
地味目なワンピースが好きな鶴さんなのだ。
舞花は唯一ごまかせるのは「一輪挿し」
それ以外は無理・・落ち込む舞花の前に
出来立てのカレーライスが現れた。
今は取り敢えず母の手作りカレーを食べよう
スプーンを手に取った時!
まさかの鶴の一言が放たれる。

「舞花さん?イベントの生花のデザイン
   決めましたか?」

   落ち着いてスプーンを手元に置いて・・。
   悩ましい思案顔の舞花。巡る巡る思考の中で
  一人の名前が思い付いた!
  テーブルをポンと叩いた舞花の脳裏に浮かんだ
  ニヤニヤな微笑みが小憎らしいその人は?
  またまた鶴の一言だ。

  「海堂商事の木嶋課長から電話があったの。
    茶会のイベントで花を生けて頂きたい
    御息女にお願いしましたと。」

     切れ長の瞳からは期待の眼差し・・。
     口を開いてるか開いてないか・・?
    器用に喋る口調からは信頼が・・。
    こんな仕事はできて当たり前。
    無言のプレジャーが舞花に・・。
    黙れば黙る程に今度は冷ややかな眼差しが、
   ・・自信がないの舞花さん?・・
   眼差しに応えるかのように口を開く舞花。

  「はい・・先週訪れた際に木嶋課長から
    その件は伺い了承しました。」

     正直・・近寄りがたい。
    喜ぶわけでもなく怒るわけでもない。
    ふと目尻がゆるむと微かに微笑んだのか?
    納得してるのは分かるのだが?
    露に感情を表に出す事に罪悪感さえ?
   持っているのか?そう思うくらいに?
   静寂さを伝える鶴だ。
   慈悲深さと怖さを併せ持つ鶴がまた微笑んだ

  「それでデザインはどうするのですか?」

       粛々と手際よくただ伏せ目がちに、
      無言のままに手際よく?
     生花の玄人?三ツ谷舞花?
    そんな演出は無理無理・・。
    来訪のお客様が見惚れる舞花?
    無理無理無理無理!
    花枝切り鋏なんて怖くて
     ガクブル舞花ちゃんだ。
     おでこに手を当て考える振りで
      いっぱいいっぱい・・どう誤魔化す?
      沈黙がプレッシャーに変わる。
       静かな鼓動が聞こえる・・。
       生花のド素人の舞花が開き直り、
       鶴を見据え一言・・。

     「菊の花の一輪挿しで大丈夫です。」

        鶴に同行して鶴が花を生けるサポート
       それが舞花の役割。
       鶴の視線の先にある花を渡すのが・・。
       とても怖いのか?目が泳ぎ手が震える。
      そんな舞花を微笑ましく見つめる鶴。
     鋏を手渡す瞬間なんて息を呑む舞花だ。
   そんな舞花にイベントを生花を任せたのは?
   聞いた限りでは200人規模?
   ・・腕試しには丁度いいじゃない。・・
    目を細め含み笑い・・そして軽く拍手。
   菊の一輪挿しなら腕試しには丁度良い。
   了承すると拍手が癖の鶴だ。

  「菊の一輪挿しですか。
     舞花さんを信じますよ。」

       菊の一輪挿しに絶対必要なのは?
      花瓶の形と色と菊の花の形と色。
     色彩で華やかさを何処まで主張するか?
     侘しさと寂を表すならモノトーンで統一だが
     イベントが賑やかならそれ相応に?
     鮮やかさが必要だ。
     イベントは2~3時間のはずだから、
     生花がその時間だけ鮮度を保てれば良い。
     納得した舞花に食欲が戻る。
    スプーンを手に取る前に舞花が自信を持って
    期待と信頼に応える。
     「はい・・任せてくださいお母さん。」

      
       舞花が覚悟を決めて右手で握り拳。
  何故か?その拳は胸に押し当てガッツポーズ。
  まだまだ可愛い女の子・・29歳。
  その頃海堂商事営業1課オフィスでは
   もうどれくらい経つのだろうか?
    とっくに営業時間は終わっている。
    一人の男が窓越しに光景を眺めていた。
   唯の有機物だけが
   目の間を通りすぎて行くだけだ・・。
   車の騒音は桁ましく・・。
   歩道で怒鳴り散らすモノ・笑い飛ばすモノ。
    なのに?ネオンだけが妙に明るい。
    眠らない街新宿はこれからが本番!
    そう男に伝えてくる。
    ビルの窓から光が消える事は
    この時間帯ありえないのに?
    海堂商事に至っては誰もが帰社する。
    次の営業戦略など構いもしない。
    興島物産の新入社員の人事トラブルは聞いた
    この男の情報網は社長の顕光を越える。
    お客様には一流ホテルを多く抱える。
    興島物産の物産展の場所を手配した
     ホテルのオーナから聞い事だ。
     お洒落に今日は葉巻を咥えリッチな気分だ。
     深くため息を吐き「チッ」と舌打ち。
    ・・興島物産とは縁を切り
            親会社を模索すべきだ!・・
    社長に進言しても相手にされない。
   眼鏡を掛けなおすのは?
   海堂商事 営業1課 課長 徳丸和樹だ。
   デスクを挟んで震える想いを抑えながら、
    起立の姿勢のまま棒立ちの男が居る。
    切れ長の瞳はやや伏せ目がちのまま。
    黙して語らず・・いつも通りに、
    ホテル神楽坂で食材を卸して帰社した際、
     「話があるから残るように」と、
     徳丸に呼び止められたのだから?
     戦々恐々の文字が似合うしかない時間だけが
     この男を支配している。
      香奈と待ち合わせの時間などとっくに
      過ぎているのにラインする暇もない。
     香奈が立腹しながら靴音を鳴らす姿を、
    想像してはため息を溢す男の名は、
    営業1課 社員 秋宮 淳だ。
    居なくなりたい・・帰りたい。
 真っ直ぐ伸ばした掌がパタパタと音を立てる。
 伏せ目がちな瞬きが暗に伝える。
 ・・この男絶対ヤクザだろ。・・
  「フゥ」とそろそろかと徳丸が振り返る。
    物言いたげな真摯な目付きが秋宮に迫る。
  秋宮の目に映るのが、純金製のカフスボタン
  純金製のネクタイピン。だが?
  皮ベルトの腕時計なのだから・・。
  咥えた葉巻に灯が灯る。軽く煙を吐き、
  徳丸が気だるく吐く言葉が秋宮に、
   戦慄を走らせる。

  「単刀直入に言おう・・
       営業3課の茶会イベントを潰しなさい。」

        目の焦点が合わなくなっていく・・。
        香奈の面影が消えていくようで。
        何かが凍りついていく秋宮だ。
        全身から力が抜けていく・・。
        呆けてしまうまえに秋宮が、
         言葉を振り絞る。
   名前も忘れたが・・
  先代の課長を目の前に立ち往生したものだ。
 まだ営業1課に来て間もない頃だ・・。
  同業他社のヤバい情報をお客様に流せ。
  ・・お客様を助けるんだ。・・
   芯から冷える顔が強張る。だが耐えた。
 静かに怒りを潜ませた重苦しい声と、
 正義感で満ちた眼差しには?
   殺意さえ感じる・・。
    業務命令には従い同業他社は信用を失くし、
    倒産・・品質表示に虚偽の疑いありとの事。
    途方に暮れたその会社の社員が、
   海堂商事の周りを彷徨いていた。
    生ける屍の群れが眼差し暗く、
    足を引き摺る生き様だ。
    これが営業の厳しさ・・。
     涙が止まらない若き日の徳丸和樹だ。
    ・・まだまだ君は青いんだ秋宮君。・・
   若き自分を秋宮に重ねる徳丸だ。

    「それは?
        そのどう受け取ればいいのでしょうか?」

         ニタニタ微笑む親会社の役職持ちの
        社員の前で土下座する男の名は?
        徳丸和樹だ・・・。
       先代社長の海堂元を恨んだ。
     ・・予算が足りないんだ。
             顕光はまだ若い。
           俺は何度も土下座した・・。
          成功すれば営業1課 課長になる。・・

   えびす顔が悪魔にさえ見えた。
   柔和な表情が凍り付く。
   瞳が固まって動かないのか?
   微動だにしない。  断れば?
  一回は断ったが、返事は
  ・・私は死ぬだけだ。・・
 作れば売れる物しか売らない。
 そんな親会社の名が興島物産。
 殆どが受注営業でなんとかなるのだから。
 創意工夫など何処吹く風な会社だ。
 海堂商事は最初から順風満帆ではなかった。
 売れる物が入手できないのだから・・。
 親会社に土下座し資金と売れる物を、
 なんとかしてもらうしかない。
 分かっていた分かっていたさ・・。
 奥歯を噛み締めるのが
 営業1課 課長 徳丸和樹だ。
  当時を思い出すと何故か葉巻を吸うのがクセだ
 地に何度も土下座した。
  全ては会社の為だ・・
  目前に吸い殻を落とされた事もある。
  それでも耐えた・・だが?
  徳丸は絶望さえ感じた一言を告げられる。
  ・・徳丸和樹。君は顕光の影になれ。・・
  「もう一人の社長なんだぞ。」
   間もなくして元社長は退陣した。

  「営業1課の手柄にする為だ。
    ホテル神楽坂は私が
   土下座を何度も・・何度も耐えて尚、
   パイプを維持した会社だ!
   あの坊っちゃん社長は何も分かってない!
  あの男は土下座などしていなくて社長だ!
  営業3課で固定営業を3年間?3年間も
  固定営業だと?ふざけるな!
  そんな営業マンは営業マンじゃない!
  御用聞きと言うんだよ・・・。
  秋宮君これは報復人事なんだよ。」

     一言一言が重い。
   ドスン・・ドスン心を容赦なく叩く声。
    黒い吹き溜まりに満ちた想い・・。
    殺意・悪意・野心さえ伝えてくる。
   徳丸和樹の視線・・50代とは何なのか?
   想いに年齢は関係無いと・・。
   話を聞くどころじゃない秋宮淳だ。
   一歩一歩脚が遠退く・・でも退けない。
 唾を何度も飲み込む・・。
 気圧されて徳丸和樹がまともに見れない秋宮淳
 慈悲深いとは言えないが?
 何処までも相手の出方を
 伺う微笑みでしかない徳丸和樹だ。
 ・・秋宮君?返答は如何に?。・・
 葉巻の煙を何度か味わう徳丸が、
 秋宮の覚悟を試すように視線を突き刺す。

 「俺の立場は保証されますか?
    業務命令だとしても危なすぎますよ。」

      海堂商事の駐車場で
       待ちぼうけをくらう女性が居る。
     ライトグレーなお洒落なブラウスとスボンで
     身を包みタール3mgの煙草を咥える女性だ。
     いつもなら?秋宮を車に乗せて帰宅し、
     手料理を一緒に食べている頃だが?
      待てども待てども来ないのだから・・。
      いたずらに腕時計を眺めては、
      ため息を溢す。スマホとにらめっこしても?
      ラインにも着信は無いしTEL も無い。
      ・・淳の馬鹿。何してんのよ。・・
    営業2課 田宮香奈・・。木嶋秀一郎の右腕だ
   泣きそうな半笑いで取り組むサービス残業?
  右手を頬に当て首を傾げる。
  海堂商事に限ってそれはない。
  全員が定時出社・定時帰社がうちの売りだよ。
  愛車の青のファンカーゴーにロックを掛ける。
 見上げれば海堂商事の3階 営業1課のフロアに
 心を向け足を運ぶ田宮香奈だ。
 ここに平穏を保てない秋宮淳が居る。
 ・・どうして俺はここに居る?・・
 無言のままに目を閉じたいが無理。
 伝えたい言葉を選ぶ程に?
 なにも言えなくなる愚かさに奥歯を噛み締める
 秋宮淳だ。
チ・チ・チ・チ・・・何処かのブランド製の
腕時計の秒針だけが二人の関係性を現す。
沈黙の中響き渡る無機質な響き。
威圧と動揺のバランスが揺らぐ。
秋宮はその時計の秒針の音に絶えられず、
思わず咳き込む。
徳丸が助け船を差し出す。
但し?沈むかもしれない助け船だ。
・・一見?ロート製薬?中身は眠り薬だ・・

   「この睡眠薬を渡す・・。一つ茶碗を、
      手に取り人目を忍び人通りの少ない
    都合の良い場所で一滴茶碗に垂らすんだ。」

      そこに鼻歌まじりに営業1課のフロアに、
     香奈が辿り着く。BTS や
     ミスターグリーンアップルが好きな
    ミーハ女子田宮香奈だ。
   仕事中は芳香な扇子を扇ぎながら、
    木嶋と連携しコンビニから飲食店の
    オープニング・クロージングイベントの
    仕事を他の同業他社と取り合う。
    電話応対が香奈のお仕事なわけだ。
    営業1課のドアの前・・ 声も聞こえず?
    鳴り響く電話のコール音も無い。
   当然ながら営業トークも聞こえない。
   ・・サービス残業か?
           やらかし秋宮君だな・・
 プッとほくそ笑む田宮香奈だ。
 ドア越しの世界は香奈の知らない世界。
  僅か5cmの木製のドアで隔てられただけで、
  住む世界が違いすぎる二人だ。
  秋宮にはほくそ笑む香奈の吐く息など?
   聞こえもしないのだ。
   余裕綽々の卸売りの営業から、
   失敗すれば奈落の底へ落ちていく・・。
   営業マンとして生きていけない人生。
   無言のプレッシャーからか?
  目の前の世界が歪んでいく。
   何度となく瞬きを繰返し・・・。
   ・・一応返事はYes なわけで。・・
   ここに彷徨える子羊が誕生した。
   その名は秋宮淳。
     
   「畏まりました。成功した場合、
    茶会イベントは私にお任せください。」

     そうだな・・その通りだな。
     私の目が怖くて見れないか。
      顔で微笑み心で泣く・・。
    そうしてしのいでいるのかな?
    デスクに置いてある灰皿に、
    ゆっくり葉巻をこすりつけた。
    秋宮が伏せ目から目を見開き、
   徳丸と目を合わせた。
  あどけない子供が悪な大人に憧れる顔。
  作り笑いで恐怖を隠し、
   力一杯強がるガキな秋宮淳。
   目をいっばいに見開き半笑い。
   この男はワルだ!
   下にいれば出世できるに違いない。
   綺麗事を吐く社長が苦手な淳だ。
   見栄とはったりと強がりと・・。
  そんな言葉がにあうな~秋宮君。
   叩き通りすがりに秋宮にボソっと一言呟く 
   「良い返事だ。
      期待している頑張りなさい。」

       徳丸がドアへ向かう・・。
      足音一つ聞こえない。
      ドアを開ける音も聞こえない秋宮が、
      振り返る事もできずに棒立ちだ。
      徳丸がドアを閉めてエレベーターに、
      向かおうとしてまず目に付いたのが、
      営業2課所属 田宮香奈・・。
      徳丸曰く 、
      世間知らずでノーテンキな営業社員。
      徳丸と目が合った瞬間・・。
      ミルクティベージュなショートヘアーが、
     軽く揺れるくらいに頭だけ下げる香奈。
 ・・来た~海堂商事の実質社長。徳丸和樹・・
      手がわなわな震える。肩がす汲む。
     「ハァ」とため息そして何故か立ち止まる
       海堂商事 営業1課 課長 徳丸和樹だ。
      ミント系のフレングラスが鼻に付くのを、
      無理矢理我慢してる香奈が表情で訴える。
      ・・何故立ち止まったんだ!お前~。・・
     迷い悩んだ故に立ち止まる仔犬。
     徳丸の目に映る田宮香奈だ。
     何かにつけてお茶やら弁当を差し入れる。
    電話応対だけで問題解決できる立場にいる
   そんな秋宮にヨイシヨして何になる?
    お母さんになりたいなら?
     新規営業取れるよう頑張れ!と
     肩を叩いて檄を飛ばすぐらいすれば良いのだ
     お祭り騒ぎが大好きな営業2課のお姉さん?
    私が怖いのなら仕方ないが?
    肩の震えはどうにかならないのか?
   やるせなく息を吐く徳丸だ。
      
    「営業2課の田宮香奈か・・・。
      秋宮君のお迎えか?私は帰る。
       後は好きにしなさい。」

       傍に誰も居ないのが当たり前・・。
       隣に誰かが居て並んで歩く徳丸さん。
       そんな光景は見た事が無い。
       木嶋課長から聞いた事が
       未だに信じられない。
       牛崎課長と肩を組み合って居酒屋を
       渡り歩いたと・・信じられない。
    去り行く徳丸に大人の寂しさを感じる香奈。
   ハッタリと強がりは俺の強みだ!
   ・・ワルになるしかない!・・
   臆病さを隠した一生懸命に見える目が、
  痛々しい秋宮がドアノブに手を掛けた・・。
  ガチャと音が聞こえた香奈が
   背を壁に押し付けて・・。
  ・・私は今来た女みたいなぁ~。・・。
   「フッ」と軽く笑う香奈。

       「あ~香奈ごめんな・・。
          徳丸課長がうるさくてさ・・説教てか
     グチ・不平不満たらたらでさまいったよ。」

        香奈は秋宮を知り尽くしている。
        舌で口唇の裏をペロペロ舐める仕草は、
        大抵強がりたい・・本当は臆病なくせに。
        手の置き所が無くて無駄に動かして?
        意味もなく拳を握り
        意味もなくガッツポーズ
・・虚勢を張りたい秋宮君?分かってるよ・・
 しっかりしたいけどできないから?
声が上擦るのが致命的なのさ・・秋宮~。
        
    「今さ来たところだから良いんだけど。
        なんか?強がってない大丈夫?秋宮~。」

 「強がってない大丈夫?」の一言がきっかけで
   口が「あ」の形になる秋宮君。それから、
   目が泳ぎながらの半笑い。しかも?
   肩はすくんでいるのに?両手はブラブラ。
   余裕ぶってる秋宮君はまさに痛い子・・。
   こんな時に香奈は心から微笑み・・、
   目が口より微笑むお姉さんになり、
  想いのままに数回拍手。
  そして脹ら脛に軽くローキック。
  成り行き任せなのか?右手でツッコミ!!
 ・・やる女。田宮香奈。・・


     「強がってねぇよ・・。徳丸課長から
      言えないくらい大事な仕事を任されたんだ
     今日からしばらく一人で帰るから。」

         右手からのツッコミは想定外!?
        顔をそむけながら、
    ・・なんだこの野郎?香奈ちゃ~ん。・・
     目と口は半開きなドヤ顔な秋宮だが?
    香奈と向かい合う時は・・・?
   目から微笑む秋宮君ににChange!!
   キリッと目が見開く香奈。
   本当は臆病なのに全力でアピールな秋宮に、
    やや切れな田宮香奈だ。
    くるっと秋宮に背中を向ける香奈。
   思わず肩を掴もうとする右手を抑える秋宮。
  ・・そんな事をすると殴られる気がして・・

     「だからかな、危ない事になるから?
        一人で帰るんだよ。」

         あたしの目に映るのね。
         本当は構ってほしいのにさ・・。
        振り向いて尻尾を振り振り。
       寂しい声でキューンキューン鳴く仔犬。
      ・・あなたよ秋宮淳君。・・。
       まだ仔犬が可愛いかと思いつつ・・。
      一歩踏み出す田宮香奈だ。
     一方、なんだかんだ自分に振り向く良い女。
    ・・やっぱりツンデレ香奈ちゃん。・・
    その期待は裏切られ泣くに泣けず立ち尽くす
    悪に憧れドン引きされた事に気付かない?
    秋宮淳君でした。
     秋宮淳が口を開け目で訴えても伝えられない
    切実な想いが一つだけある。
 ・・一緒に帰りたかったんですけどぉぉお。・


    「そう・・分かった。行きも帰りも
      一人だよ~淳。お仕事頑張ってね。」

         黙って遠ざかる香奈・・・。
        香奈とこんな関係になったのは?
        結奈と付き合うようになり
         3ヶ月ぐらいたった頃の夜だ。
       一度だけの夜遊びとかいう奴さ。
        先任の社員が突然退職したせいで、
        いきなりホテル神楽坂への卸の仕事。
   入社して間も無く結奈と付き合うようになり
   まぁ幸せとはこんなものかと思った頃の事。
   青天の霹靂と言えばそうだよと・・・。
   無責任な担当とは縁を切る!
   これまでのお客様は営業1課と手切れ。
   要するに販促ルートの作り直しだ。
   毎晩夜10時迄のサービス残業だ。
   当然お客様は他の商社に頼むしかない。
   徳丸課長の指示は電話をし
   お客様に顔を見せるため足を直接運べ。
   見積書は私で用意したので?
   後は自力で何とかしろ!
    何度断られてもクビにはしない!
    給料は固定給だ。
    電話をかけて承諾したお客様をリストアップ
    ・・パソコンなんて無理!・・
    お局様みたいな事務員さんしかいない。
    パソコンの仕事はそのお局様しか無理だ。
    定時退社要件はそれまでにお願いします。
     リストは定時後じゃないと無理!
    そこで声をかけたのが田宮香奈だった。
    今でこそ、簡単なパソコンスキルは?
    営業マン必須スキルだが?
    お客様名簿などそれこそ事務員さんのお仕事
    作れない事は無いがチマチマと面倒くさい!
   要はモチベーションが下がって仕方ないのだ
   デスクに顔をうつ伏せてうなっていた時に、
   「秋宮君~資料作ってあげようか?」
    微糖コーヒとセットの優しい眼差しと声。
    木嶋課長の右腕と名を挙げた田宮香奈だ。
    実は徳丸課長のフォローだった。
    辞職されたら困るし責任は私にあると・・
    徳丸課長の御配慮というわけで。
    入社して結奈にも見せなかった涙を見せた
    秋宮淳だ。
     絶え間なくカタカタ・・バシ。
                         カタカタ・・バシ!
  キーボードを叩く音か秋宮を眠りへと誘う
   僅か15分くらいでお客様リストが完成。
 秋宮を優しくゆする香奈添える両手が優しくて
  ・・秋宮君リストできたよ~。起きな。・・
  起き上がるどころか?勢い余って抱きつき、
  しかも目を閉じたまま・・。
  放っては置けないと面倒見の良い香奈は、
  取り敢えず自分の部屋に秋宮を連れて来た。
  充血した眼に外まで聞こえるくらいのボヤキ声
  ストレスから来る心労は想像するに難くない。
  ・・遅刻するのは可愛そうだから。・・
  二人揃ってベッドインというわけさ。
 結奈が亡くなるまでは・・その一度きり。
 その記憶はお墓まで持っていくつもりだった。
 今回ばかりは・・香奈の世話になれないさ。
  巻き込みたくないんだよ・・達者でな。
  ・・サヨナラ香奈。俺はもう決めたんだ。・・
  去り行く背中に誰にも見せなかった微笑み。
  ゆるいお馬鹿な秋宮君でさ隣に居たかった。
  明るいお調子者でお馬鹿者秋宮!
 そんな風に言われた方がまだ良かった。
  真面目に優しく切なく哀しくて・・。
  涙腺が緩んでも涙一つ零れない秋宮なんか?
  見て欲しくもなくて・・。
  右手でサヨナラの合図。


   「あぁ分かった・・・。
        今までありがとうな。」

 その距離5メートル・・。香奈が立ち止まる。
 零れ落ちるようで細いけど通る声。
 ・・永遠にサヨナラみたいに言うな。・・
 振り向きたくない!涙ぐむ香奈はダメ!
 「迎えに来たよ!起きてる淳!」
   「香奈が来た・・香奈が来た。」
   愛車の青のファン・カーゴーで秋宮が住む
   マンションまでお迎えする。
  メイクアップしたばかりで香水が芳香過ぎる
  香奈がカースタンドからスマホを持ち出し、
 秋宮に電話する。
  これが二人の日課だった。
  寝ぼけ眼にスーツ姿に右手にトースト。
 左手に微糖の缶コーヒの秋宮が、
  2階から階段を駆け降りる・・。
  片手にスマホで今朝のニュースを眺める香奈が
 軽くため息。なんとなく手を振りお待ちかえ。
 ドライバーは香奈。助手席には秋宮。
  でも?そんな光景も今日で終わる。
  涙ぐむ声を押し殺し別れの言葉を伝える香奈


         「淳は臆病なんだから
            無茶すんじゃないわよ。」

         二人の隣にはいつも結奈が居た。
         当たり前の日常がそこにあるはずだった。
        二人が一緒に居た理由は唯一つ、
       結奈の事を忘れたくないから・・。
      そこから始まった二人のお付き合いだ。
      定時出勤・定時退社。全社員だ。
      それが海堂商事。商社業界では有名な話だ
     3人は最寄りのカフェで退社後待ち合わせ。
 香奈は先に店の前で看板メニューを眺めながら
  勢いあるバカップルを待つ。 秋宮の腕に結奈の腕が絡み付きお揃いのグラサン・・。
  お揃いの腕時計。二人が香奈を視線に捉えると
  二人一斉に手を振る。香奈は思う。
  ・・・だからバカップルなのよ。・・・
   それからカフェで結奈はカフェモカ。
   秋宮と香奈はブルーマウンテンを頼んでから
   どうでもいい話題で過ごす。
    幼い男の子に幼い女の子が
   頼んだホットケーキのシロップで喧嘩する。
 そんな光景をずっと眺めていたいと思ったのは
  むしろ香奈だった・・。応援したかったのに。
  なのに?いつの間にか結奈は居なくなった。
  響き渡るサイレンがレクイエムかのようで。
  家族・同僚そして秋宮淳の名前を呼びながら。
  ・・ごめんね結奈。ごめんね結奈。・・
   何度も言葉にすればするほどに
    思えば思う程に涙腺が崩壊してしまう。
   それから?淳と過ごす日々が始まって・・、
    今日で終わる・・ガキでしかない秋宮が、
   どんな顔してるのか?
    知りたい香奈が振り返る。
    ガキ臭い台詞が香奈の笑顔を引き出した。
  
    「ガキ扱いするんじゃねぇよ。バーカ。」

      振り返った香奈。若干顔を叛ける秋宮。
      母親に置き去りにされた子供でしかない
      秋宮が照れながら香奈と向き合う。
      その距離僅かに5メートル。
      互いの想いが交差するには十分な距離。
      互いに一歩さえも踏み出せずに居る。
     心は追いかけたい。でも踏みとどまる秋宮。
    本当は立ち去りたい・・
    でも秋宮の顔が
     かまってちゃんスマイルだから。
     首を傾げ目を閉じ含み笑い。
     すると目を見開き口は半開き。
     そしてゆっくり顔を叛ける。
     香奈は確信するには十分。
    ・・あたしは立ち去っていい!!。・・
     

     「仕事終わったら、ライン送れよ。
        まあ頑張りなよ。」

     間髪入れずに振り返り
     スタスタと早歩き・・・。
     これまでの会話は何だったのか?
     秋宮の存在を無視する去り際に、
     伸ばし伸びきった右手に全ての想いが・・
   ・・ちょっと待って香奈ぁぁぁあ・・
    無意味に指先まで力を迸らせたところで、
    無慈悲に時間は通り過ぎ田宮香奈は、
   スタスタと早歩きで営業2課オフィスに向かう
  泣きっ面に蜂・・秋宮淳は立ち尽くしていた。
   田宮香奈が足早に向かっている
   営業2課のオフィスでは、四つ角のデスクを、
  目印として円を描くように歩き回る・・。
   一人の男が居た。
   どうしようどうしようと思案し、
   頭を片手でポリポリと掻きながら、
   「う~ん・・う~ん。」と呻きながら。
   休みたいのか?適当にデスクに右手を置き、
   両足をクロスさせた男だ。その男の名は、
  営業2課 課長 木嶋秀一郎。
  握り拳で決意を固める。
  ・・便乗してこそ営業2課じゃないか!・・
  常に相手の土俵で勝負をしてきたが・・。
   額に手を当てフフッと微笑む男。
   その男の名前は木嶋秀一郎。
    ・・他力本願を旨とする営業じゃないか・・
   揶揄する声が聞こえても微動だにしないのが
   この男の強みだ。
   今度の土曜日に催されるホテル神楽坂での、
   茶会イベントに於いてお客様に如何なる
  サービスが提供できるかを思案している。
  そこに聞こえてきたドアをノックする音。
   「営業2課 田宮香奈です。
       失礼しますよ木嶋課長。」
    営業2課の切れ者田宮香奈の再登場だ。
    他の社員は様々な職場でイベントの売り込み
     大衆を巻き込んだイベントはどうですか?
     そんなお仕事もあるが普段はそんな感じだ。
     エアコンの設定が肌寒いのは?
       木嶋課長が暑いのも寒いのも苦手な為。
       若い頃に脱水症状になりかけながらも、
      イベントの設営・運営に駆け巡る青春を
      過ごした事は有名だ。
     ハンカチで汗を拭き取る木嶋・・。
     その光景を目の当たりにして怪訝に思う香奈
     「エアコンが効いてるのにハンカチで
       汗を拭き取る?何故?」
      それはそうと香奈が一抹の不安を伝える。

  「木嶋課長に報告したい事があるんです。」

    汗を拭き取っていたハンカチの動きが、
    ピタッと止まった。
   目が泳ぐ。瞬きが数回。
   「仕事が飛んだ。お客様が飛んだ
      誰かが当日欠勤した」
  心臓に手を当て目を瞑り・・。
   気が遠くなるジェスチヤー頑張る木嶋。
 「まさか~仕事が取られた・・。」
   フゥーと息を吐き遠い目で侮蔑の眼差しを
    バシバシぶつける田宮香奈。
    黙して語らず・・
    木嶋秀一郎の勘違いジェスチャーを
     一番目の当たりにしてきた田宮香奈だ。
    木嶋の誤魔化す咳ばらいをきっかけとして、
   香奈が一歩づつ歩きながら喋りだした。

   「営業1課の徳丸課長と秋宮が密談を
     交わしていたようです。」

      「密談」・・この文字から紡ぎだされる
       茶番が木嶋の想像から生み出される。

       時代劇風な装いの二人。
      秋宮    徳丸様・・これをお納めください。

          秋宮がポテチを徳丸に渡す。

        徳丸   秋宮~お主も悪よのぉお。

       仰け反る振りをしてナイスなスマイルを
      香奈に向ける木嶋。香奈は語る。
・・海堂商事随一の技巧スマイル。・・

    「香奈ちゃん・・・
        密談とは穏やかじゃないな~。
      徳丸課長と秋宮君が悪巧みでも
     考えているのだろうか?」

    ナイスなスマイルが殴りたいスマイルに、
    瞬間を迎えた香奈・・香奈は語る。
    ・・私に前科が無いのが奇跡だ。・・
    ニヤニヤヘラヘラ・・擬音語が、
    香奈の目の前を飛ぶかのようで。
    そしてポケットから缶コーヒ
    木嶋が時々自慢してるのを聞く香奈の憂鬱。
・僕はキリマンジャロティストが好きだね。・
 目を瞑り顔を背ける香奈だ。
  そして缶を開けるときは「パシッ」と音を
  立てて飲まないと満足感しない木嶋課長。
   無駄に指先に力が入り「パシッ」と、
 気持ち良く音が響き、キリマンジャロコーヒを
 ゴクゴクと喉ごし良く一気飲みする木嶋課長だ

       「秋宮君が危ない仕事を頼まれたと
           私に伝えてきたので。」
 
      木嶋秀一郎の世界。
      木嶋が瞬き口元が緩む。
      香奈が靴底で床を「ドン」と鳴らす。
      木嶋がため息を溢した事をきっかけとして、
      目の前に広がる想像された光景。
      徳丸課長と秋宮淳が両手を腰に当てて、
       目を細めて口をすぼめて微笑む。
       お悪な微笑みの後に、言い放つ。
     ・・海堂商事は俺達のモノだ。・・
      田宮香奈は語る・・。
      木嶋課長の無駄にシリアスな表情を
      目前に控えて殴りたい衝動を抑え、
      営業スマイルで通した私を、
       私は褒めてあげたい。
       その瞬間を迎えてる営業第2課オフィス。
      両拳をゆるく握り締めながら、
     含み笑い営業スマイルで我慢する香奈ちゃん
     まさにその時、一際甲高い声が、
     香奈の心を凍りつかせる。

「まさか!!営業1課は営業3課のイベントを
   潰す心構えなのかな!?」

          田宮香奈は語る。
  ・・木嶋課長に慈悲を学びました。・・
   木嶋課長の反則的なオーバリアクションは
  ルー大柴もたじろぐ!
   だが・・それに耐えて10年の香奈。
   一瞬!どんなに目が見開こうと、
    声が無駄に大きくなろうとも、
    右掌が無駄に動いたところで、
    微動だにせず営業スマイルを保つ。
    田宮香奈だ。

    「木嶋課長・・過ぎますよ。
       言葉が言い過ぎですよ。潰すとか?
       流石にありえないですよ。
    徳丸課長がそこまでワルには見えません。」

     ここは西新宿駅近くの居酒屋だ。
     どんちゃん騒ぎが店の外まで聞こえる・・。
     海堂商事の新人歓迎会は深夜1時まで
     笑い声が絶える事は無い。
      西新宿界隈では有名な話。
      店内2階の貸しきり部屋では、
      恒例の社内有志によるカラオケ大会で、
       真っ盛りだ。
      田原俊彦・近藤真彦・中山美穂・・。
      当時の人気歌手のヒットナンバーを
      得意気に歌う社内達。
      その後ろの壁には垂れ幕が・・。
     「海堂商事新人歓迎会」と白地に黒字で、
       明朝体で堂々と書き記されている。
       ネクタイを鉢巻きにして、
       カラオケで歌われる歌を、
      知ってるところだけ一緒に歌う2人の男達
        肩を組み合い互いに体を揺らし合う。
       座りながら目の前にある揚げ物や、
      酒の肴を思う存分味わう。
       目の前には夢を描いて瞳を輝かせた
       若き徳丸和樹・牛崎茂だ。
       当初は木嶋秀一郎も営業3課に配属された
      酒も苦手で体育会系のノリには、
      いまいち苦手だったのだ。
      ウルフヘアーに眼鏡。
      髪型は派手だけど地味キャラ。
      弁舌は爽やかだけれども生真面目。
      行動力にやや欠ける。
 木嶋秀一郎はそんな自分に劣等感を持っていた
 徳丸和樹は冗談が大好き熱血社員!
 誠意と有言実行が売り込み!
 研修から頭一つ抜きん出た存在。
  牛崎茂は徳丸和樹を目標にして?
  今の牛崎茂課長になったというのに。
  今・・木嶋秀一郎は涙を溜めた。


  「田宮君・・牛崎課長と徳丸課長は、
    昵懇の仲だったんだ。牛崎課長はね、
    徳丸課長を目指して今の牛崎課長になった
   かって徳丸課長は誰より優しい人情家。
    お客様に愛された営業マンだった。
   商品を売るのが営業マンの使命じゃない。
  営業を通じて会社を大事に思ってくれる
  お客様に出会う事が営業マンの使命だ。
  信じられないが、
  それが徳丸課長の信念だったんだ。
  私は徳丸課長をワルとは思わないけど、
  営業1課を軽んじたと思ってるかもしれない。
  徳丸課長はね営業1課に人生を捧げたのさ
  営業1課の思惑があれば?私は哀しくて
  今にも泣きそうさ。」

    香奈が目の前に居るのにも関わらずに、
    目に泪を溜め嗚咽さえ漏らしそうな木嶋。
    徳丸課長が目の前を通り過ぎる度に、
    無性に寂しさ・やるせなさ・切なさを、
    その細い頼りない背中に感じる。
    隣に誰か居る事が不思議な人。
    それが田宮香奈における、
     徳丸和樹の第一印象だっただけに?
   木嶋の涙に思わず涙ぐむ田宮香奈だ。
  その淀みきったどんぐり眼からは、
  ・・営業を通じて会社を大事に
          思ってくれるお客様に出会う。・・
   青臭いがしかしピュアでしかない想いなど、
   微塵も感じられない。
    滅多に見せない木嶋の涙・・。
    クールビューティな田宮の
    涙腺が緩むくらいだ。その視線の先には?
     田宮が想像できない徳丸課長が映るのか?
    田宮はそれでも聞いた事は黙りたい。
     何故なら?社内で揉め事など?それこそ、
     死活問題に直結するからだ。
    100円ショップで購入してそうなハンカチで
     涙を拭う香奈が言葉を続ける。

     「もしイベントでトラブルが起きたなら?
       営業2課ではどつなさるおつもりですか?」

    木嶋の社内研修の評価はいまいちだった。
    おとなしい会話上手なのだが?
     押しきられると引く弱さを感じる。
     社交性はあるのだが?生真面目。
    融通が効きにくい・・。
    つまりお客様と面と向かって商談するには?
     不安が残る・・。
    物凄くおとなしい小栗旬・・・。
     喧嘩に弱そうな小栗旬・・。
     新人社員の木嶋の印象だ。
     そんな理由で営業2課配属だ。
     イベントの仕事で会うお客様が、
    体育会系でガチムチ筋肉の体格。
    生真面目な木嶋が?
     とにかくつまらない事でも、
      とにかく笑いを取ろう!
       とにかく好かれよう!
       お世辞は絶対駄目!それで乗りきった。
      腕まくりできないのにしようとして、
      香奈からため息を頂く事でも、
       わざとらしい澄まし顔。
      意味もなく右手で額を叩く。
       香奈からさらに深いため息を頂く。
      さらに意味もなく澄まし顔。
      そして木嶋の目が見開いた。

     「私の甥にねダンサー達が居るんだ。
       イベントで得意のダンスを披露して
        頂くつもりさ。
         絶対イベントを成功させる。
       便乗するだけが営業2課じゃないよ。」

      田宮香奈の視線は木嶋を通り越して、
     オフィスの壁の、
     ホワイトクロス生地を見据える。
      香奈の表情から読み取れる言葉は、
   ・・まぁ営業2課は他力本願ですから。・・
   でも、良く聞いて視線を落としてみると、
   便乗するだけじゃなくトラブルがあっても?
   イベントをどうにか盛り上げようと、
    ナイスな企画を提案する木嶋課長。
     ・・デキる木嶋は伊達じゃない!・・
    含み笑いで視線を向ける田宮香奈だ。
    猫目で遠くを見る香奈の視線は、
     会った当初は木嶋をからかう為にある。
    木嶋はそう思うしかなく年下とはいえ、
     香奈は優秀な右腕?機転が効き、
     微動だにしない営業スマイルに、
     どれ程助けられたか・・。
     今まで会った課長を補佐する立場?
     つまり右腕と呼ばれる女性達のなかで、
     会った誰かを一目見ただけで、
     こんな人と見抜く洞察力が際立つ香奈だ。
     見抜く際はたいてい頷く香奈。
     そんな香奈の痛烈な一言・・・。

     「恐れ入ります。流石に便乗と他力本願は
        営業2課の得意とするところですね。」

       香奈には頭があがらない木嶋が、
      口パクで・・。
     ・・ちょおまえ~なにをいう。・・
     この時に指を差すのはお約束。
   木嶋課長はこんな時に見たくないアヒル口。
    どうかしたいけど?どうにもできない。
     目の前に差されたイケない人差し指を・・
     折りたいけど折れない・・。
     混沌にも似た衝動を抑えて微動だにしない
     営業スマイルな田宮香奈だ。
     一方?我ながらナイスなアイデアを
      閃き自信に満ち調子に乗り指を差す・・。
     だがしかし!そんな木嶋の心に、
      雨を降らせる言葉が木嶋は大嫌いだ。
      「便乗」と「他力本願」
    ・・や~ね。や~ね。香奈ちゃん。・・
     アヒル口は閉ざされ人差し指が・・折れた。

    「まぁね・・他の言葉を借りるなら
        テコ入れというのさ。田宮君。」

         香奈のざわつく心に合わせて、
         目が泳ぐ・・親父過ぎるお言葉。
        ・・テコ入れ!・・
        たまに営業2課に来る学生だろうか?
        何故に?挨拶が「シャース。」
       シャースとはなんだ!
    キーボードを叩きすぎる香奈。
    「よろしくお願いします」でしょ?
     たまに大きいイベント数千人単位で
     お客様が来場者されるイベントで、
      たまに手伝って頂いてるとの事だ。
      サマーニット帽子にワイドカーゴパンツ。
      派手なプリントTシャツ。
      髪も茶系統なら眉毛も茶系統。
     ・・眉毛も染めちゃうぜ。
             サラッと整えちゃうぜ!・・
     BGMはオレンジレンジの「イケナイ太陽」
    そんな学生ダンサーなんだが・・。
    木嶋のヨイショが無駄に響く・・・。
     「日本一のダンサーになる君達へ。
        来てくれてありがとう!」
  そんな光景を見る度にある習慣が身に付いた。
   キーボードをソフトタッチする癖。
    動きは早く柔らかいタッチ。
    指が吊りそうになるのを我慢した事が
    思い出になる香奈だ。

        「まぁ・・課長のコネは
             頼りにしてますから。」

    そこに自信無さげな頼りないため息を吐く
    女の子が歩いている。
    スケッチブックを片手に高校の美術以来だ。
    珍しくブルーブラックのジーンズに、
    何処かのブランドのサングラス。
    サマーニットはベージュ。
    モノトーンのTシャツにブルーを基調とした
  お洒落なブラウスを纏うは舞花だ。
   昨晩、アロマ香る漂う個室に於いて、
   ワンサイズ大きめのパジャマを身に付けて、
   スケッチブックとにらめっこの舞花だ。
   可愛いアヒル口に鉛筆を乗せ思案を巡らせて
   菊の一輪挿しを描き始めて約2時間・・。
   美術の成績は中高一貫して評価される数「3」胸部彫刻像のデッサンの授業を受けていた頃を
 寝室で思い出して描き上げたスケッチブックに
 鉛筆だけで描かれた菊の一輪挿しが侘しさを
  称えるかのように花を咲かせている。
  起きてダイニングテーブルを目に留めると、
  出来立てのトーストにハムエッグに
  アイスコーヒ。鶴のモーニングセットだ。
  木製の漆が塗り込められた椅子に座る舞花に
  鶴の一声「鶴の顔に泥を塗ったら
                       ダメよ舞花さん。」

   食欲さえ減ってしまうような緊張感を保ち  微笑みを絶やさない鶴の一声が忘れられなくて。
 モーニングの味わいさえ忘れた舞花が、
 営業2課のドアをノックしての第一声。

 「失礼します。三ツ谷舞花です。
   木嶋課長はお見えですか?」

    剽軽でお茶目なアラフィフな吉田栄作。
   木嶋課長に対する舞花の印象。
    両足をクロスさせて「やあ舞花さん」と
    右手を挙げる・・それは無い。
    引き笑い気味な舞花。すかさず、
   香奈がクロスさせた足のアキレス腱を蹴る。
   両目を右掌で抑え「う~う~うえぐえぐ。」
  嘘泣きで乗り切ろうとする木嶋秀一郎君だ。
   瞬きを繰り返してこのコテコテな茶番劇を、
   見過ごそうとした舞花を見かねた木嶋が、
   軽く咳払い。平静を装い腕時計を見たら、
    夜6時過ぎ・・
    午前中に舞花から電話があった。
    「営業時間終了後に足を運んで
    よろしいでしょうか?デザインの件です。」
  思い出したように両手をポンと合わせる。

     「これはこれは三ツ谷さん。
        わざわざ足を運んで頂き
        ありがとうございます。
       イベントの生花のデザインの件ですね。」


     ・・いわゆる凸凹コンビなの?・・
     置去りにされた子供かのように、
     あっ気にとられた舞花が更に瞬き。
     とってつけた調子の良い木嶋の自己演出。
     ・・白々しい木嶋課長さんですよ。・・
      木嶋と香奈のグダグダでアットホームな
       学級委員とダメなヤクザの会話の後に
       訪れる沈黙。舞華は笑いを堪える。
 香奈は営業スマイルで堪え・・られなかった!
      ひたすらにビミョーな沈黙に堪えきれない
      香奈が自分に助け船的な発言。

   「デザインには自信はありますか?」

     ツィゴネルワイゼンを口ずさむ想いを
まずは胸にしまい込み目元に笑いを浮かべて、
 ため息を溢したい衝動を抑えて心中に浮かぶ
 3文字。
          ・・・・ねぇよ。・・・・
 スケッチブックを両手で抱えて、
  心中察しないでくれと
   ニタニタ微笑む今の舞花は
  木嶋にしてみればドストライクコース。
  これはこれはと弄らなければと一声かけた。

  「多少拙くとも構いませんよ。
    舞花さんは画家ではないのですから。」

     3本指のピースと含み笑い・・。
      目を見開き気味な木嶋だ。
     舞花がこの3文字を心中に浮かべる
     ・・・・・うざい・・・。

    続編へと続く。
   題名「続 募る想い蠢く策略」