オネエ様がドアを静かに閉じた後・・。
 誰もが静まり返る営業3課オフィス。
 ・・誰でもいいから喋ってよ!・・。
願わずにはいられない女性が二人。
二人とも両拳を軽く握り締めて。
地団駄踏む勢いを我慢して立ったままだ。
オネエ様の言葉に黙るしかなかった・・。
口を挟むも?
「傍若無人」その言葉が似合うしかない
オネエ様の言葉に誰もが振り回されて仕方ない
それでも舞花がこの圧迫感をどうにかしようと
一言・・「もうそろそろ」と言い出そうとした
その瞬間!
どこまでも空気が読めない
お馬鹿な男の残念な言葉が二人を叩きのめす

「あの社長~-15点の件ですが~。」

      オネエ様と呼ばれた女性の視線に、
  木嶋秀一郎なんて視界に入って無かったろうな
  故に春日部君とオネエ様が会話してる間に、
  何も言えなかった私は木嶋秀一郎ですが、
  唯、隣に居るだけで恥ずかしくもなり
  顕光社長の「-15点」その言葉が、
  重くのし掛かり誰の声も心に届かずにいました
  そして、光明を見いだすべく勇気を出して、
  一言唯一言伝えただけなのに?
  この冷ややかな視線は何でしょう?
  そんな真面目に思案している男を、
   愚かな子を慰める視線で見つめる男が居た。
    一寸先はは闇・・・
  お前の顔から浮かび上がる文字はこの一言だ
  そしてみずから沼に飛び込むそのいたらなさ
  そしておれを楽しませるフォロー。
  侘びるまでの微動だにしない起立の姿勢。
  ニヤニヤが止まらない私は海堂顕光だ。

 「営業2課 課長木嶋秀一郎君・・・。
   まずは君の後ろに控えているお二人に
  帰っていただいてはどうだろうか?」

   その声を待ってた!
   両 手首を返しながら手はグー!
   お互い顔を見合せ「ヨッシャー!」
   千夏と舞花が瞳を輝かせた。
   その時、両手首で頬杖をついて、
   ・・千夏さんは可愛いです。・・
    オトメンな鉄太君。
   しか~し千夏は気付かない。
   小声で「ダサっ」鉄太のリアクションに、
    ため息で返す凛子。
    しか~し鉄太は気付かない。
    妙な視線だ・・ため息と一緒に、
    背中をゾワゾワさせる視線。
    柏崎は二次被害を防ぐ為に目を見開き、
    口を閉じゆっくり振り返り・・。
    すぐにニヤニヤしている顕光と目を合わす。
    この世界に一人取り残された男・・。
    木嶋秀一郎さんでした。
    超弩級な孤独感と焦燥感に目も当てられず
    右手で顔を覆い隠しまたも項垂れる哀れな男
   その名は柏崎優弥。話を折られた男だ。
 
 顕光の目が瞬く滅多に見れない木嶋が目の前に

木嶋ロボットだ手と足が
踵を軸として 一緒に動く・・。
直立不動のまま回れ右だもんな~。

「お疲れ様でした。朝霧さんに三ツ谷さん
    どうかお帰りください。」

    周りに気をとられ気付きもしなかったが、
    加齢臭をごまかしたミント系のフレングラス
    女の子が敵視したくなる匂いが
     二人の鼻に刺さる。
    目は見開いたまま口だけが動く・・。
    壊れかけたロボットなんて無視して、
    足早にドアを開けてそのままお辞儀をして
     スタスタと去る千夏と舞花だ。
     分かってはいた私の悪い癖だ・・。
    社内ではついつい浮いてしまう意見を・・。
     でも何処かビジネスライクな社内では、
    寂しくなるのだから。誰でもいいから?
    では私がアホになれば社内が明るくなるさ。
   両目を閉じ泣きたくなるのを我慢する
    木嶋秀一郎だ。
    顕光が悪ガキ特有の目を見開いたけど、
    何処か人を喰った微笑みが木嶋に向けられる
    

     「木嶋~柏崎はお前の失言で話を折られた
        怒りたくなる気持ちを押さえているんだ
      得意のフォローを柏崎にお願いできるかな
       失言を無くしてやるさ。」

 やや切れ長でパッチリな瞳が印象的な顕光。
 それでいて若干掠れた声とのギャップが魅力だ
 声が心に染み入ったのか、涙が・・。
 涙堂がプックリな為に手で涙を拭う仕草が
 お子様な木嶋秀一郎だ。
  鼻に手を擦り付け
顕光の懐の大きさに目を細める柏崎だ。

「畏れ入ります社長。それでは営業2課課長
   木嶋秀一郎が営業3課に返り咲いた
   柏崎優弥君を一生懸命フォローしましょう」

   木嶋の無駄に一生懸命な台詞に、
   おでこに掌を当て思わず首を後ろに
「オィィ!」とあてがうのは柏崎優弥君。
  ・・・まだ返り咲いてませんけど~。・・
  遠くから木嶋の背中を眺める鉄太と凛子が、
  沈黙のままにため息を吐く。
  また始まったのか?白くて冷たい目を隠せない
  やんわり全てを許すかのような
  目を細めた含み笑いの顕光が何度も頷くが、
  「返り咲いた」の一言で目が大きく見開き、
   手で口を塞ぎつつ小さい小声で「プッ」。
   鉄太と凛子は一瞬でデスクと向かい合う。
   鼻から息を漏らす木嶋秀一郎は気付いてない
   無駄に一生懸命な台詞で周りを
   白けさせた事を・・・。そして、
    したり顔に満ちた 木嶋の
  純主観的な世界が展開される。

    「入社3年目にして京都支社より、
      本社へと戻って参りました
     柏崎優弥君ですが、
     入社3か月の社内研修に於いて明るさ・
    逞しさ・会話の展開から社長に一目置かれ
   京都支社に飛ばされた事は
    あまりにも有名。」

     瞬きが止まらないのは褒め殺しの被害者。
    営業3課内社員 柏崎優弥。
    実行犯は唇を緩めやや突き出す男。
    営業2課 課長 木嶋秀一郎。
    やるせない虚しさから目を閉じたまま、
   クスクス笑いたいのを我慢する柏崎だ。
    この中途半端な俳優の言い方に、
    デスクに頭をぶつける春日部鉄太だ。
    凛子はメモ帳を開きこう書き綴る。
  「今日は私が初めて殺意を覚えた日。」
    その男を一瞬、視界に収めるが、
    すぐさまデスクに頭をぶつけたまま
    「あぁ~。」とぼやく鉄太を見て、
      口を押さえて「プッ。」と同時に、
      ドンと勢い良く右足を床に落とす。
       凛子が木嶋を睨み付けて・・・。
      顕光は気付く「坪崎がキレる!」
       誰かが病院に間違いなく送られる。
      セクハラ発言・行動な輩には、
       容赦なくグーパンだからだ。
       そのターゲットは右腕を心臓に当て、
      うっとり目を閉じている木嶋秀一郎だ。
       慈悲深さと憐れみを漂わせた顕光の瞳が、
      「この男をフォローするか・・。」


       「皆も知ってると思うがな。
         京都支社の社長がな
         新人が冴えない奴しかいないと
         嘆いてきたのさ。
        本社からできる冴えた新人を
        京都支社に異動してほしいと打診があった
       そこで柏崎だ。
       新人研修で即戦力になり得る
       可能性があった。牛崎には涙を流させた。
      だがな、ようやく戻ってきた。
       京都支社では宇治抹茶を
      0. 3%をもぎ取っての凱旋だ。
       木嶋は大人の冗談が好きなんだよ。
       「飛ばされた」とかな。」

       鳩尾がじわ~とゆっくり暖かくなる。
       目元がゆっくり暖かくなる。
      一つ一つの声に優しさと慈しむ想いが
     ちゃんと乗っている声。
     顕光の声に涙流れそうになる柏崎だ。

    「俺は木嶋課長はユニークな個性を
       持ってると思います。冗談がきついけど
       何処か憎めない性格は
        優しささえ感じます。」


     胸に刻む文字があるとすれば「誠」!
     かって木嶋はそんな営業マンだった。
     凛々しい瞳。引き締まった口元。
     今とは全然違った・・。
      ところが・・お客様は?
      落ち着きが無い・・。
       いつでもドタバタしてる?
        鳴りやまない笑い声と怒声?
     ・・人間がなってなさすぎる!・・
       気が付けば俯いたまま黙り込む。
       お客様からの印象はこの一言「カタブツ」
       イベント営業の洗礼を受けた若き
       木嶋秀一郎だ。
        見る人が誰一人例外なくひるむ
       その名前は海堂元・・。
       海堂商事の先代社長だ。
       社長室に呼び出され覚悟を決めていた。
        木嶋秀一郎。
      当時はブランドの眼鏡を愛用していたのも
      嫌われる原因だったらしい。
       怖いわけではない元社長だが、
       唯、目尻に皺ができる微笑みが
    何を考えてるかを悟らせない怖さというか。
    白髪交じりなオールバックは「威厳」の
    文字しか似合わない。
    木嶋は「辞職」を表明しようとその、
     言葉を言いかけた瞬間・・
    木嶋が忘れられない語りが始まる。
   「恥ずかしくない仕事をしなさい。
    お客様に好かれろとは言わないんだ俺は
     君が営業マンである限りお客様は、
    目の前に居るだろう。故に自分にとって
   お客様にとって
    恥ずかしくない人間でいなさい。
   笑われても良い。
   でも馬鹿にされなきゃいいのさ。
   君は根は素直だから必ず成長する。」

   それからだ・・仕事をするからおかしくなる
    ついつい生真面目なぐらいお客様お客様と
    その意識に囚われる。
     そうじゃない!お客様の悩みに心を向けよう
     会話を楽しめる営業マンになれば良い!
    もとよりお笑いが好きで
     オヤジギャグも好きだ。
    笑われても構わない
    くだらない笑いと言われても、
      人間として馬鹿にされなければいいんだ!
    その言葉を思い出して
 何処までも目が澄みきった木嶋秀一郎だ。

    「柏崎君は京都支店からの働き振りから
      まさに大胆不敵!度胸満点!
     直接お客様に宇治抹茶の茶葉をと・・
     大手商社相手に一歩も怯まない営業姿勢は
    新人のそれとは思えません。
    その行動力は必ず海堂商事を支える柱足る
   人材に成り得る可能性を秘めていると
    断言致します。用意周到でアイデアマンな
   春日部鉄太だと牛崎課長の言葉が本当なら
   この二人が両輪となり迫る茶会イベントも
   必ず成功すると信じています。」

     力強くも凛とした響きは、
     中途半端な舞台俳優ではない。
    唯、そこに嘘は無く芯からの想いしかない。
    自己保身なんて微塵も感じさせない。
    一生懸命な営業マンというよりは、
    誰かの為に応えたい男でしかない。
   その名は木嶋秀一郎だ。
   顕光がニヤニヤ微笑んでいる。
   喜びが隠せない安らかな微笑み。
   ・・親父を木嶋を信じて良かった。・・

 「木嶋・・見事だ。マイナスは帳消しだ。
     みんな!木嶋はなこうゆう男だ。
   先代つまり親父推して、
   海堂商事一のネアカな課長なんだよ。」

      木嶋は思い出す。
      元社長が勇退の際社長室に呼び出された。
      くだらないお笑いが憎めないそれでいて、
      馬鹿正直な物言いでお客様にかえって、
      信頼される営業2課課長になった。
      そんな評判に元社長が涙した頃だ。
      元社長が握手を求めて木嶋が応じた。
      右手が互いに離れた瞬間にボソボソ聞こえる
     「君は笑われても馬鹿にされても、
        海堂商事に居なさい。君は必ず
        顕光が頼りにする人材になる。
       君は挫折を知っている顕光は知らない。
       故に顕光を支えてくれ。」
       生真面目な眉がピクッ!
       木嶋の空気を読めない言動が
        周りを白けさせる。
       笑われても構わない
     お馬鹿にされても大丈夫。
    ・・私は木嶋秀一郎だ。・・


   「柏崎は思いました。木嶋課長は、
     俺の心を動かした課長です。」

    口を閉ざしても「フフッ」と嬉しく
    微笑む声が聞こえる。
   坪崎が木嶋のギャップに驚いているから。
   「デキる木嶋は」嘘じゃなかったんだ。
    演技派俳優顔負けな表現力!
    思わず視線を向けていた。
    本人は決して気付いて無いだろうけど。
    横顔でも分かる・・存在感。
    空気が変わる・・・。
   春日部一家にはいない性分。
   ギャップというのがここまで、
   魅力的な性分とは頷く鉄太。
   声が変わるだけじゃなく表情も変わるのか?
   正面から見れないのは残念だと、
   鼻をすする鉄太君だ。
   今だけは木嶋課長に心からの拍手を・・
   但し微笑みを拍手に変えて何度も微笑む。
   今だけは春日部鉄太君だ。
    目立ちたいだけの劇場型の営業マンとは
    全く違う!
   とにかく全く嘘の無い男!
    それが木嶋秀一郎!
     生真面目だけどくだらない話が大好きな
     海堂商事のムードメーカそれでこそ
    木嶋秀一郎だ!
     
      目尻を細めて半笑いの顕光が、
      心底からの想いを告げた。
    

    「土曜日のホテル神楽坂に於ける
       茶会イベントを必ず成功させるぞ
      俺はお前らを信じる・・以上た。」

    ここにこの世の無常を感じたかのように、
   ただ、宙を見据えるひとりの男が居た。
   何度も話を邪魔をされる・・。
   何度も笑いたいのに必死に堪えたのに・・。
  存在を無視され良い感じに
   話が終わろうとしているのだ。
   俺は今、持ってないけど飴でもあげたら
   喜ぶ子供ですよ社長・・。
   目を斜めに伏せ「フッ」と呟く柏崎優弥だ。
   ここに冷や汗を肌で感じる男が居る。
    ある男の子やるせない様に
    瞬きが止まらないのだ。
   ・・顕光やっちまったじゃねぇか。・・
    その名は海堂商事社長 海堂顕光。
     斜めに目を伏せてやるせなくドスドスと
     靴音を立てる男の名は柏崎優弥だ。
    こんな時に顕光の脳裏に浮かぶ言葉は唯一つ
    「なけなしの3万円」
    両掌を擦り会わせて・・
    緊急予算の帳尻を合わせながら、
    「大丈夫!」顕光が納得のスマイル!
   その時に柏崎の口が徐に開く。

   「あの社長・・茶葉をホテル神楽坂に
     届ける段取りは?どうなるでしょうか?」

       顕光が閃く!左手に右手をポン!
       柏崎を一言で説得できる台詞。

          「3万円で手を打て!」

  「う・うらやましい。」と言いそうになり、
   思わず右手で口を塞ぐ春日部鉄太。
   気が付けば「チッ」と舌打ちな凛子さん。
  メモ帳に「3万円は盛り過ぎ」と書きなぐる。
  ハァ~と深くため息を付き・・軽く頷く木嶋
  ・・私は頂いた事はない・・。
   目を伏せる木嶋だ。
  目尻を細めて悠々と微笑む牛崎。
   鼻をこすり思う。
  ・・風通しの良い会社で良かった。・・
  見事です社長と何度か拍手する牛崎だ。
 我を忘れて思わず笑いそうになり、
 顔を手に当て伏せる柏崎だ。
 一息唾を飲み込み面を上げガッツポーズ
はにかみ笑いの少年・・。

「分かりました。任せてください。」


僕はこのユルくも明るくて風通しの良い
海堂商事に勤務して良かった・・。
柏崎の言葉で社長も牛崎課長も安らかな微笑み
クスクスと聞こえる木嶋課長の笑い声。
欠伸からのニッコリ・・誤魔化し笑い。
3年間固定営業に従事してきて良かった。
唯?当然ながら?徳丸課長に秋宮がいない
当然、田宮さんもいない・・。
ここに?社長は居るのに?
だからなのか?一抹の不安が過る・・。
だが?1週間後のイベントに向けて・・
社内に暗雲が立ち込めて居ることを、
僕は知らないでいた。


続く