舞花は千夏の隣にならんで歩いている。

都営三田線の白金台駅から歩いて5分ぐらいにある舞花の家から、

徒歩13分程度で到着する白金高輪駅近くの茶道教室へと。


舞花は初対面だ。千夏がニコヤカに微笑むほど、戦慄が走りそうになる。
芳しい程の石鹸の匂いが、育ちの良さを感じさせる。

一方、華道の跡取り娘となってからまだ、数時間の女性にしてみれば、無理やり感が半端ない。

上品に微笑まれても、同じようにしてみればなんとなく顔が引きつる思いだ。

歩く姿も正にエレガント・・こちとら元陸上部、危うく追い越しそうになる。

それでも舞花は、なんとか歩幅を合わせぎこちなくも営業スマイルを応用し何とか上品に微笑んだりしてる。

それでもこの沈黙にこらえきれず、舞花が恐る恐る・・それでも自然に確信に迫る。


      「あの・・千夏ちゃん。」

 

千夏は小学校以来の友人でありライバルでもある舞花が、
今になって千夏ちゃんと呼んでいる。


軽くコツンと舞花を叩きたい千夏。

 

    「舞花さん・・千夏で良くてよ。」

 

そして・・・舞花が心のままに地雷を踏む。


「え~と千夏。あたしと千夏って・・・何?」


・・・何?って・・何よあたし馬鹿あ・・・。

 

      「何って言われても・・

           舞花さん面白い事を聞くのね。」


千夏がド天然だった為に地雷が不発に終わる。

 

           性懲りもなく・・

          さらにさらに地雷を踏む舞花。


「そうよね~そうよね・・・友達ですか?」


・・・・友達ですか?・・これは大丈夫・・。


「友達ですか?本当にどうかされたのかしら

    舞花さん・・友達じゃなくてよ。」

     

       ひょうひょうとした中にも、

       仄かな怒りが見え隠れする千夏。
  


       「え・・・友達じゃないの。」


  
  お高くとまっているような印象が、

        冷ややかに冴えわたる。


     「腐れ縁よ・・あたしと舞花さんは。

       これからも何卒よろしくね。」

 

       破顔一笑その言葉が、

             今一番良く似合う千夏。

 

         「こ・・こちらこそ。」


     優しいような冷たいような。

   掴みどころのない女性なのかなぁ・・。
  微妙に口をとがらせて、瞳を潤ませる舞花。
しかし・・緩く微かに「腐れ縁よ。」とその言葉を口にしてくれた。

そこに嘘はない。そう確信する何かを感じた。

そして、穏やかな沈黙が続きながら千夏と舞花が歩いている。
 

千夏は腐れ縁とはいうけれど、

舞花となった結奈にしてみれば?まだ数時間。

    ただ、千夏という女性が

    自分の隣に居るという事が・・
舞花と千夏が小学校以来からの腐れ縁だったという事を伝えてくれる。

舞花が感慨にふけながら歩いていると・・

突然静かに足を止めた。
 
      それだけの理由があった・・。

      それは当たり前過ぎるぐらい自然な事で。
 
         オネエ様の言葉を思い出す。

       「そうね・・会いに行きなさい。」

          その言葉が本当になる瞬間が、

          目の前にあるのだから・・。


・・・私は誰?誰って・・お父さんとお母さんの娘よ・・何処にでもいるじゃない・・。


隣に居る千夏に構う事無く、

走り出す一人の女性・・

会いたかった人がいるのだから。


小走りで向かう結奈。

そして舞花の先に、麺屋権三の店主の本宮権三と妻の本宮結花が歩いている。

 

・・・ 例え、どんな名前でも、

                 あたしはここにいるよ、

                  お父さんお母さん・

 

権三と結花にしてみれば・・見ず知らずの女性が半泣きの状態で止まったまま・・。

微動だにせずにいる。

見たところ、上品な和服に品のある容貌・・

ラーメン屋を切り盛りしている自分達とは、
まったく縁を結ぶな事などないような女性にしか見えない。


「あの~え・・とどちら様でしょうか・・

   その何故泣いているのでしょうか?」


  何故だろう・・急に結奈の事を思い出す権三。


 

「なんだろうなぁ・・

    妙に切なくなってくるぜ・・ちきしょう。」


 結奈は慌てると思考が停止してしまう・・

     その瞬間が今。


「え・・別に、悲しいわけじゃなくて・・。             むしろその逆というか・・。

それより、あなた方は、麺屋権三の店主の権三さんに奥様の結花さんですね。」


             初めて会う女性なのに、

                私達の名前を知っている。
    しかも、ラーメン屋を

                経営してる事まで知っている。

    流石に瞳を細める結花。

    しかし・・何故か、

                 薄気味悪さは感じない。
    普通に話せる気がした。

 

「え・・悪いけどさ、

  あなたと私達・・今、初めて会ったよね~。」

 

          3・2・1・・・

             舞花が当たり前の真実に気付く。

・・・あたし馬鹿だったぁあああああ・・・。


   今、この瞬間だけは古畑任三郎だ・・

            舞花ちゃん。

 

「え~とですねぇ・・そうですねぇぇ・・そうそうラーメン雑誌の特集で知ったんです~。」


          白々しい権三の告げる真実が、

            結奈の迫真の演技を終わらせる。

 

 「俺達はさぁ・・雑誌の特集とかなぁ取材と          か受けてないんだぜ。」


 その言葉を聞いた途端に、我に返る結奈。


・・・なんでよ~え?嘘でしょ!雑誌の特集とかなぁ取材とか受けてても良くない?・・・。


 フォローしきれない。

    名前すら名乗れない・・

    このまま終わるのかと思うのか?
 

 

 「まぁ、でも学生達が多いから・・口コミであなたに伝わったかもしれないわねぇぇ。」

  
結花が出した。会心の助け舟に乗り込む舞花。

 

 ・・・そうかぁ。そうだよねぇ。

                  学生が多かったんだぁ・・・。

    ・・・お父さん。お母さん。

                    あたしの名前はね・・。


    「あたし・・三ツ谷舞花です。

        え~とその、小さい時から・・違う違う
     あたし麺屋権三の大ファンなんですよ。

        小さい時から、

        もう食べに行ってたらなぁ・・・。
   って思うくらいなんです。」


 
 あたしじゃないけど、あたしなんだけど地雷を回避するのに・・流石に必死になる舞花。

 


        「なんか明るい娘だね~

          テンションというか勢いが良くて・・

      言う事面白いし。まるで結奈・・・・・。」


       思わずその名前で呼びかけたくなる

        衝動に駆られる結花。

 

  「止めないか結花。結奈はもう・・・。」


    メガネが自然と曇る。つい最近まで、

    その名前を呼ぶことが

    当たり前に幸せだったと感じる権三。
  

   ・・・・あたしは、ここにいるんだよ。

                     お父さんお母さん・・。


             そう言いたい・・でも言えない。

              唇を引き締めて一呼吸。

 

   「あの~結奈って・・・・。」


                どうしてだろう・・。 

                 不思議と心を開かれる。

    
  
 「あたし達にはさ、一人娘がいてね。」

 

        一言・・一言が重い。

             だってそれは、今は昔の事。


   「はい・・・。」

 

   思わず・・そう言うしかない。
   ちょっぴりの罪悪感を胸に抱く舞花。

 

   「一週間前ぐらいかな・・

                 亡くなっちまったんだよ。
    会社で急に倒れて・・

                意識不明のままそれでな。」

 

 ・・・お父さん。お母さん。

               ごめんね何も言えなくて・・・。

 

          きっと、いつものように

        ラーメンを作ってくれていたはずなのに。
         家族揃って、まかないの料理で・・

         夕食を迎えていたはずなのに・・。
         毎日いる事が・・奇跡な事の連続だと。


  「そうなんですか・・

         あたし思い出したくない記憶を・・。」


   それは、結奈にとって、

       舞花にとって・・掛け替えのない記憶。


 「いや良いんだよ。え~と

      舞花ちゃんだったね。うちの店は・・。」


他人行儀にされるのは当たり前だ。

分かっている分かっている・・。

しかし、とにかくこの二人に好かれたい。

    
        「新宿の学生街の一角ですね・・。

           お昼なんて学生でいっぱいに

            なるって聞いてますよ。」


      何もかも見透かしているかのような

        物の言い方に権三は言葉が詰まる。


  

どうしてだろうか・・初めて会う女性が、自分の店の詳しい事情まで知っている。
学生の口コミで知ったかもしれないけれど。
舞花という女性が簡単に心を開いてくれる。
普通なら、警戒心を少し持ってもいいのに、

微塵も感じられない。
まるで、

常連客として麺屋権三に来てくれている・・。

そんな印象さえ持ってしまう結花だ。

 

「あんた、舞花ちゃんだよ・・舞花ちゃん・」


         それに、舞花と口ずさむと・・    

        妙に切なささえ感じてしまうのだ。

 

「舞花ちゃん・・。

    まるで昔から知っているような感じぁ・・。

   そうかそうか。

    嬢ちゃんは結奈の友達か・・なんてな。」


               結奈は、誰とでも

               仲良くなれる天性を持っていた。
    良く、友達を家に連れて切れくれた。
 
   ・・・でも、結奈はもういない・・・。


 「そんなわけあるかい・・

       見たところいいとこの御嬢さんだしさ。」


   誰より愛しかった結奈と、

      目の前にいる舞花という女性を比べたら、

     月とすっぽんだ。

   

 「ラーメン屋の娘が

        知り合えるような人じゃないよ。」


年の割に幼さを感じるが、生まれて持ったかのような気品の良さを普通に感じさせる。
凛々しい瞳に、上品な声。桃色と肌色のコントラストが見事な和服姿が良く似合う。
     

     ・・・私はここにいるのに、

                  名前さえ名乗れない。

                 でも、これだけは言える・・・。

 

         「友達になれたら・・・

               良かったかなぁなんて。」

 

しびれを切らしたのか、自然と瞳に力が入る千夏がスタスタと歩いてくる。 


           「舞花さん・・

              いいかげんにしてくださらない。

               そうそう時間なくてよ。」

 

    振り返ると、落ち着きながらも仄かに苛立ちを露わにする千夏が目に留まる。

 

    「あ・・ごめんね千夏ちゃん。」


          小学校以来の友達が、

           何より自分に合わせてくれた舞花が、
          この朝霧千夏を待たせるなんて・・

           微かに毒を吐く千夏。

 

「三ツ谷家の跡取り娘が、こんな所で・・。」


後ろ髪をお団子にまとめ、

前髪をさらりと垂らし・・少々切れ長な瞳に、
真っ直ぐな性分を感じさせる顔立ち。白色と紫色を基調とした和服姿が良く似合う千夏だ。


      「また上品で清楚な女性だね~。」

 

             さっと、落ち着きを取り戻し、

             厳かに毅然とする千夏。


「朝霧千夏でございます・・

    茶道を嗜んでおります。舞花さんとわたしは       茶道教室に向かう途中でしたの。」


               さっと、一歩踏み出し・・

                 舞花の前に出る千夏。


        「こちらの舞花さんは、

          華道の名門三ツ谷の跡を継ぐ女性です。」

 

圧倒された・・恐れ入ります流石にお嬢様・・結花の顔に書いてるかのような佇まい。


           「それはそれは・・・

              いや、ごめんなさいね。

               舞花ちゃん華道って、

               始めからそう言えば言いのに。」

   
      どちらかと言えば・・、

     育ちの良くない権三にしてみれば、
 千夏と舞花が、住む世界が当然のように違っ       て見えてきて仕方がない。

 

「どうせうちは、しがないラーメン屋だよ。」


 「あんた何言ってんだい。」と思った刹那・・                権三の頭を軽く叩く結花。


「あんたね・・ごめんね舞花ちゃん に ・・。」

 

            品の趣を感じさせる千夏が、

                私にさらりと言葉を返す。

 

         「朝霧千夏です。お気になさらずに・・

              行きましょう舞花さん。」


二の腕を軽く引っ張る千夏に抗う舞花。

小学校以来の腐れ縁とは聞いていても、

舞花というか結奈にしてみれば

初対面の女性。

ここまてされると、流石に腹も立つ。


   「ちょっと待って千夏さん。

    あたしね伝えたい事があるの麺屋権三さんに        とにかく黙ってて。」


 「わかりました・・手短にお願いするわ。」


    

      「あたし・・・会いに行きます。」


・・・・え?この娘、

                結奈並みに天然だったのね・・。

  クスクス笑いたくなるのを堪える結花。


 「もう会ってんじゃないかい・・。」


   結花とは違い、豪快に笑う権三。

 

 「面白い事言う嬢ちゃんじゃない・・

         舞花ちゃんは。気に入った気に入った・・

         あぁうちに麺屋権三店主、

         本宮権三と俺の美人な

          奥さんの結花が歓迎してやるからよ~。
  うちのラーメンは天下一品だぜ・・

         食ったら腰ぬかすな~。」

 


   だって食べていたんだよ・・

              毎日のように。
      そう思う舞花が哀しく笑う・・・。


「知ってる・・大好きだもん。当たり前だよ。
 お父さんとお母さんのラーメンだもん。」


               急に切なくなる舞花に、

              取り残される結花と権三。


     「え・・。」

 

哀しく笑っている場合じゃないんだよ・・

盛大に地雷を踏んだ舞花ちゃん・・。

その事に気付き、

磨き上げた必殺の営業スマイルで切り抜けようとする舞花。


     「あ・・その感想を用意してるんです。

         きっと一杯食べたら・・

        まるでお父さんとお母さんの味?

         そんなコメントが似合うような。」


その半端ない無理やり感にただ、

圧倒される結花と権三が立ち尽くしていた。


「そうそう家庭的な味って言われるよね・・

  シンプルなのに奥深いってのが、

   うちの売りだからね。」


笑うと目尻に皺ができる。頑固だけじゃない。

人懐っこい権三だからこそ、

学生に人気がある。

 

      「最近のラーメン屋ってのは、

          いろいろ混ぜていけねぇ・・。

        うちは創業以来、醤油一本だからな。」


     
思わず結奈ここにありと・・言わんばかりに、選手宣誓の如く右手を上げる舞花ちゃん。
     

          「あたし~常連になりま~す。

              三ツ谷舞花約束しま~す。」


         家族に戻ったようだ・・でも違う。

        嬉しいような悲しいような複雑な気持ちが

      交錯して・・無理やり笑う舞花。


         そんな事をつゆとも知らない権三が

         両手で舞花の顔を包む。


           「そうかいそうかい。

               来てくれよ舞花ちゃん。」


お父さんは結奈にいつも・・こうしてくれた。


   
 「うん・・・喜んで食べに行くよ・・・。」


       その後に・・、

        こう言いたかった「お父さん・・。」


  名残惜しい千夏の目にそう映る舞花。


 「もういいかしら。舞花さん。」


        自分が・・

       悪い事をしてるような気さえするが・・。
    ただ、おしとやかで、

        上品な舞花じゃないのが気になる。
     


  「あ~ごめんね待たせて。」

 

       

            結奈は好きな人が目の前に居て

            その人と好きな事してると、

   時々、周りが見えなくなる・・・。
    無理も無い・・。

          舞花という女性を生きて、まだ数時間だ。


  小学校からの腐れ縁の千夏に・・。

         それとなく振り返るしかない。


       「別に、気にしてないわ。

             あたしはラーメン食べないわよ。」


    千夏には・・、

  腐れ縁の舞花にさえ言えない事があるのだが、
   それが明らかになるのは・・もう少し後。


「なにそれ・・素直じゃないわね千夏さん             は・・本当は食べたいんじゃなくて?」


     
 お高く留まっている千夏だが、

 今の千夏は舞花には・・

    どこか普通の女性に見えた気がした。


         「食べなくてよ・・。

              あたしは朝霧家の跡取りですもの。
   それではごきげんよう。」

 

      そう・・私は朝霧家の娘なんだから。

      礼儀正しくお辞儀をして踵を返す千夏。

         そそくさとその場を後にする

          千夏を追いかける舞花。


              高貴で気高い千夏につられて、

              結花が思わず・・。


    「あ・・ごきげんよう。」


   権三は思ったことがすぐ口に出る。
  その後に自分がどうなるかも知らずに・・・。
     

    「似合わね~な。」

 

その刹那に・・権三の後ろ頭に結花の平手打ちがスパーキング。

一瞬表情が消える結花を、

今でも怖いと思う権三だ。


    「うるさいわよ。」

 

しかし・・

この夫婦はこうやって絆を深めてきた二人だ。
    

       舞花の後姿を静かに見送る権三だが、

     物の言い様と言い性分といい

   どうしたって重なって仕方ない。


         「なぁ・・結花。舞花ちゃんってよ。」

 

     微笑み一つ・・溜め息一つ。

 

    「本当に結奈そっくりね・・。」

     
ネイビーなパーティドレスに身を包み権三と結花から数メートル離れ、

黒のサングラスから素顔を覗かせるオネエ様。

  

     「まぁ・・なんとか良くやってるじゃない。

         流石に私が見込んだ娘よ。

         それに、良かったわね。

         ようやく会えたわね。会いたい人達に。
      あ・・まだ会ってない男がいたわね。

         これから会いにいくんだぞ~。
  それと、隣に居る千夏ちゃんだけど・・

         今後のあなたの人生に於いて
  とても深く関わってくるはずなのよ~。

         あの娘もいろいろあって、
  今を生きてるの。仲良くなさい。
  あとそれと・・

        もう少しお嬢様になりなさい。

         今度会う時までにね。
      それじゃ~ごきげんよう・・・

          似合わないわねフフッ。」

 

炭酸飲料を軽く飲みながら、

明るい茶髪をなびかせ無地の白のTシャツに、

茶色のワークパンツを

す着こなし歩いている哲二。

一方隣では、着物を身に包み煙草を咥え煙を揺らしながら歩いている。黒のサングラスが良く似合う男。哲二の兄貴分金助だ。
二人より、一歩先を歩いている男がいる。

青いポロシャツに

白のジーンズブランド物の黒い革ベルト。
ロマンスグレー感溢れるセンターパート。

笑うと瞳が細くなるくらい愛嬌ある目つき。
その男の名は、春日部鉄之助。

春日部一家の大黒柱。

言うまでも無く鉄太のお父さん。

そんな3人は、仕事帰り。春日部一家は近くの小さな祭りやイベントを運営しながら生計を立てている。
今日は、祭りの仕込み。汗を掻き力仕事でもあるから・・特に哲二は一番若いのもあって、

もうへとへとなのに、。
 帰りたい哲二の気持ちとは裏腹に突然、鉄之助が茶道教室に行くと言い出したのだから・・


        「しかしねぇ・・

            なんで極道が茶道なんですか。

             足は痺れるし、

            肩はいたくなるし茶はまずいし。」

 

             どうにもこうにも悪たれで、

             行き場を失っていた金助を、
   拾ってくれたのが鉄之助だ。

   
   その想いが瞳に宿り、哲二に詰め寄る。


  「なんだ哲~鉄之助さんに・・。」


               とは言っても、

               金助と哲二は俗にいう凸凹コンビ。
    金と哲はこんな事日常茶飯事。
    別に金も、本気じゃない・・・


              学のない哲二にしてみれば、

              茶道と言うのは・・

             場違いすぎて居づらい哲二。

      照れているのか苦笑いなのか微妙な哲二君。


          「いや、でも・・・。」


二人が、後ろで言い合ってる所を構わずに、

スタスタと速く歩けば、

二人はふっと我に返り・・後を追いかける。

誠実一路な鉄之助から・・・。


            「会いたい女が

                茶道してるんだったらなぁ・・

                仕方ね ぇ・・。」


            そんな言葉を聞くことなんて、

             思っても無かった。

 

      「えぇええええ・・

              いや、恐れ入りやした叔父貴。」


    

               普段、金助は唇が横一文字だが、
  この時ばかりは、口元が微妙に緩む。


  「いや鉄之助さん・・純子さんに・・。」


                純子というのは、鉄之助の妻。

                言うまでも無く鉄太の母だ。
    極道を通して生きてきた鉄之助に、

     平気で往復ビンタを喰らわすような女性だ。
 しかし、鉄之助に

     一途に尽くしてきた純子なのに・・・。


鉄之助が「会いたい女が茶道してるんだったらなぁ・・仕方ねぇ・・。」

      

         まさかそんな事を言うなんて・・。

         金助が鉄之助を横目に見ると、

         確かに・・瞳も口も微笑んでいるが、

         決して心が微笑んでない。

 

      「哲・・金・・

          てめぇらを拾ってやったのは・・。」


  蛇に睨まれるどころじゃない・・

       鉄之助に睨まれ男哲二に、戦慄が走る。


        「へい・・っていうか言いませんよ。

             男哲二口は堅いっす。」

 

        普段、金助はダンディで

        クールな極道と自意識の高い男だが、

        鉄之助の静かな迫力の前には・・

        それどころじゃない。


「極道・・色を好むって言うだろう・・哲。」


「そうっすよね・・そうっすよね。」と

言わんばかりに哲二がなりふり構わずに頷く。


            「金助・・それはなぁ、

                英雄色を好むってんだ。」

 

        間違えていた事に溜めらう事無く、

            金助の想いが迸る。


 「鉄之助さんは、英雄ですよ・・・。」

 

   鉄之助が苦笑いを浮かべながら瞳を細める。
 そして・・優しくて真面目だけが取り柄な鉄太の事を考えると、お父さんの顔になる鉄之助。


「金、よいしょはよしなぁ・・。
     まぁ、それになぁ、そろそろ鉄太にもなぁ            女ってもんをだなぁ・・

     知ってほしいと思ってなぁ。」


      純子がたまに話してくれる・・

  息子に対する愛情をひしひしと伝えながら、     時には、涙し時には微笑んで・・。


    「そうですよねぇ。確か5歳のときに・・

          好きな女の子に振られて・・

         20年ですよねぇ・・。」

 


「言うな哲・・。若もなぁ必死だったんだ。

   何故かミノムシを好きな女の子になぁ。」


       まだ、5歳の鉄太が好きな女の子に

       ミノムシを投げつけたはいいが・・、

       殴られたんだよと。泣きながら、

      そこには若かりし純子と金助と哲二・・。

       鉄之助がいた。  純子が、

   「鉄太~めげんなよ。母ちゃんと父ちゃん                 が・・金と哲もいるからなぁ。」
と半分笑いながら泣きながら、鉄太の肩を叩いていたのを、鮮明に金助も鉄之助に哲二が覚えている。


「金・・哲・・鉄太はなぁ・・そのなんだ、あれだあれ、シャイボーイだったんだ。
仕方ねぇだろうが。純子がなあ?なんで、あの子はそんな事したんだろうねぇ・・

と泣いてたもんだ。」


純子には言えない事がある・・鉄之助がまだ吹っ切れてない想いを抱かせる女性がそこにいるのだから。


「それになぁ・・俺もケジメをつけねぇといけ      ねぇ女がいるのも本当なんだよ。」


         鉄之助が思い思いに煙草を吸いながら、

         自然と足を止める。


     「てめぇら・・着いたぞ。」


      「うわぁ・・なんすか・・

            いかにもってとこですね。」


        哲二・金助・鉄之助の前に

        厳かに佇んでいるのは、一軒の茶道教室。
     侘びと寂び・・

         言葉のままの趣をそれとなく伝えてくる。
      青々とした若葉に囲まれて、

         黒瓦の木造づくり。
  昔ながらの民家を思わせる

         簡素な光景が印象的だ。

 


「ところで・・茶道ってなんだろうな。」


金助は時々、

真顔でそこまで空気を壊すかてめぇと、

鉄之助が哲二があきれるくらいの

言葉を口にする。


   「金兄・・今更ですか~。」


            やばい笑えない笑えない

              笑えないぞ俺哲二・・。

困った時はおばあちゃんが笑え

とか言ってたなみたいな微妙に微笑む哲二。

 

「なんだ・・哲おめえには分かるのか・・。」


              なんというか哲二だけには

              負けたくないと強張る金助。


            「なんだてめぇら~

               そんな事も分かんねぇのか・・

                情けねぇな~。」


最近の若いもんは・・そんな事も分かんねえのかと、含み笑いをこぼす鉄之助。


 「叔父貴には・・分かるんですかい?」


      恐れ入ります叔父貴。

             一瞬にして唇が引き締まる金助。

 

「ったりめ~だろう。

     茶道ってのは・・茶飲みに来たんだよ。」


               哲二と金助が覚悟を決める・・

               それは絶対に笑わない。


    ・・・来たぁああ。

               叔父貴が鉄之助さんが

               真顔でアホになる時間が来たぁああ。
      笑うなよ哲。絶対笑うなよ哲。

              大丈夫っす俺、哲二・・男っす。・・・

 

 「恐れ入りやした・・叔父貴。

        そうか茶道ってのは・・

      茶を飲む事なんだな。分かったか・・哲。」

 

   「へい・・分かりやした。」


  

 舞花は目の前に見える一軒家を見て・・

不安になった。
私に何ができるのか?

結奈として生きてた頃は茶道とか華道とか、

縁のない場所で生きていた。
一応、華道の跡取りとはなったが・・

ずぶの素人。何も手つかずだ。
流れるがままにここまで来てしまった。
千夏が時々、こちらを見て柔らかく微笑む。
それに素直に応える事が出来ない。恐らく、

茶道の嗜みを身に着けていたのだろう・・舞花という女性は。千夏が3人に気付く。

   

       「あら・・お客さんかしら。」

 

 不安と迷いから素っ気ない言葉で返す。


   「そうみたいね。」


       千夏が舞花へ振り向くと・・。

      そこには何故か冷静でクールな舞花が・・。
 同い年の割には・・、

  若くというかあどけなさが残る舞花だが・・。


       「え・・・。」


舞花ちゃん・・基、結奈ちゃんの基本的思考。
    

それは、「ごまかせばなんとかなる。」

   「オホホ・・そのようですね。」


       見知らぬ女性の声に振り返ると、

       思わず後ろに仰け反る哲二。


      「うわぁ・・激マブ。美人が隣並んで歩く                 と・・本当にマブイわ~。」


サングラスを外し、金助が舞花と千夏を見据えスタスタと歩いていく。


      「あっし春日部一家の若頭。

           名を金助と申しやす。

           金助さんと呼んでくだせぇ。
           さしあたって・・お手前はぁ・・・。」


      ・・多分この人は、

                 任侠の映画が好きなのね。・・・

 金助に物怖じせずに、凛として佇む千夏。


      「私ですか?私・・

           江戸の昔から名を連ねる茶道の名門・・

          朝霧の息女にて、名を千夏と申します・・

          以後お見知りおきを。」


 一方、お嬢になって間もない・・

         こちらの女性。

 

    「わたしぃ?え~と私は・・・

      華道の名門でぇ、三ツ谷・・の跡取りで・・
   名前は、舞花って言います。」


       瞳が泳ぎそうになるのを堪えながら、

          佇む舞花の前に・・鉄之助が。

       余裕のある微笑みだが、

         細い瞳の中にも力強い意志が見える。


 「わっしは、 春日部一家で頭を

        張ってる鉄之助ってんだ・・。
  立派な物言いだなぁ・・千夏さん。

        おいらは一杯茶を飲みに来たんだ

         よろしゅう頼むな。」

 

仕事帰りで疲れてる鉄太がやって来た。
仕事中に着信があり、出てみれば鉄之助から茶道教室に参加しろと言うのだ。

住所を聞き、来た次第。

 

   「親父・・金・哲・・

        遅れてごめんなさい。」

    

     はにかみながら申し訳なく謝る鉄太に、
 軽く腰に手を回し、明るさ全開の哲二。


「わ~か。そんな事ないですぜ。俺達もたった今・・ここに来たとこなんですよ。」


金助は、

時々真剣なのか冗談なのか分からない・・。
   その一番の被害者は・・鉄太だ。


  「若・・女を知りなせぇ・・。」


一番の被害者だけに鉄太も良く分かっている。


 「は・・・金?何言ってんの・・。」


      「馬鹿野郎・・金助。

           余計な事を言ってんじゃねぇ。
           鉄太・・これからの極道は

           確かな教養も必要だ・・
      ここで、しばらく自分を男を磨きなぁ・・

            分かったか。」


          「はい・・・父さん。」

  

やっと会えたね・・鉄太君・・私は君に会いたかったんだ。
  
  続く。