都内か神奈川県内の何処かにある神社に行った時のお話です。

 

 まだ大学を卒業したばかりの私は当時付き合っていた彼女に連れられて格式の高そうな神社に向かいました。威厳を感じる佇まいなのですが静寂に包まれとても気持ちの落ち着く神社でした。

 

 形式的な参拝を済ませた後に向かったのは境内にある社務所のような飾り気のない建物でした。建物内に入ってみるとそこは社務所では無く、床にはブルーシートが敷き詰められ折り畳みのパイプ椅子が5~60脚整然と並べてあり、何らかの講義が進められている様子でした。こちら側を向いて講義を行う若者の背面には大きめのホワイトボードがあり、そこには大きく「竹田学校」と表記されていました。室内には私たちの他にも受講生と思しき数名が椅子に座って講義を受けている様子だったので、邪魔にならない様に後ろから2列目の中央付近の椅子に着席する事にしました。

 

 自分が何故ここで見知らぬ若者の講義を聴いているのかの理由も解らないまましばらくもすると煙草を吸いたくなってしまったので席を離れ野外へと向かいました。喫煙所を探したのですが見当たらなかったので興味に身を任せたまま静かな森の中へ歩み進んで行くと、自分の左手に横たわる立派な倒木を見つけました。苔の生したその倒木が腰を掛けるのに都合が良さそうだったのでそこでタバコを吸って一服する事に決めました。

 

 静寂の中で美しくも優しい緑がキラキラと輝いている景観に包まれゆっくりと煙草を吸っているととても気持ちが落ち着いてきて、それはとても心地の良いものでした。心が満たされて行くしっとりとした優しさの中でしばしのんびりとしていると、何やら羽ばたきながら森の空間を移動する生物がいる事に気が付きました。最初はトンボかと思ったのですが羽をはためかせてホバリングしながら移動している様に見えたので「ハチドリ?」とも考えたのですが、「日本の森の中でハチドリ飛んでるかな?」と不思議に思ったのでその生物を確認しようと視線を向けたのですが、もうそこにその姿はありませんでした。

 

 「何だったんだ今のは・・・?」とハチドリをイメージした愚かな自分が可笑しかったのでそのまま静かに微笑んでいると、今度は反対側の左方向にその生物は再び姿を現しました。4~5m先でホバリングする生物を私は完全に目で捕捉しました。そこには絵に描いたような妖精さんの姿があったのです。とても動き方が可愛らしかったので微笑ましく、脅かしたくも無かったので静かに様子を見ていると、彼女が森の中の小さな植物のお世話をしている事に気が付きました。小さな薄茶色の容器で何も無い所から何かを掬っては草花にそれを与える仕草をちょこちょこと移動しながら繰り返していました。その仕草がとても可愛らしかったのでちょっと声を出して笑ってしまいました。するとその妖精さんは私の方に顔を向けて驚いた表情を浮かべていました。そしてすぐにその姿を森の何処かに隠してしまいました。見つかってしまった、万事休す。

 

 普通であれば妖精と会えただけで興奮しそうなものですが、私の気持ちは落ち着いたままで静かに出会いを楽しんでいる感じでした。そろそろ戻ろうと腰を浮かせようとした瞬間にとんでもない事が起きてしまいました。姿を消した妖精さんが私の目前に姿を現しじっと私を見つめているのです。

 とてもかわいい顔をしているので私も笑顔のまま見つめているととても不思議そうな表情をしながら自分の顔を指さす妖精さん、「私が何だか分かってる?」と聞きたそうだったので、『うん、分かってるよ、妖精さんでしょ?』と声をかけてみました。すると彼女はキョトンとした顔をしながら小さく頷きました。『超かわいい❤』と私が言うととっても恥ずかしそうな仕草をしながらも嬉しそうにしてました。ずっと私の前でホバリングしているのが気になったので私は右手の人差し指を彼女の前に差し出して『座る?』と聞いてみました。最初は少し戸惑った様子だったのですが、すぐに私の指先に腰を掛けていました。『直接おしり触っちゃった!』とちょっとからかったら怒った顔をしていました。その素直な表情もとても可愛らしかったので、『あんまり可愛いと食べちゃうぞ』と口を大きく開けると、指先から離れ私の耳元に移動し、腕を上から振り下ろし何か魔法の様なものをかけようとしているみたいでした。しかし何の変化も起きませんでした。その様子を確認し彼女は首を傾げていましたが、結局は私の耳たぶをぷらぷらとさせて遊んで無邪気に笑った後にまた指先に腰を掛け直しました。『ちょっと一緒にお散歩する?』と尋ねると素直に頷いたので『どっち?』と聞いて、彼女の指さす方向へと私は歩き始めました。

 

 その後もちょっとした展開があったのですがその部分については秘密にしておこうと思っています。全てをお話したらもう彼女には会えない様な気がするからです。

 

 教室に戻り「今そこで妖精さんに会ったけどここには普通に居るの?」と尋ね今起きた妖精さんのお話をちょっとだけしてみました。すると受講生の中にひとりだけいらした赤いスーツを着た女性が静かにスルスルっと教室から抜け出して行く様子を視界の端で捉えていました。その行動を余り気に留めてはいなかったのですが暫くもすると、何処か遠くの方から「妖精さ~ん、妖精さ~ん、何処にいるの~」と女性の声が聞こえてきました。教室の中で『そんなに騒いだら出てこねぇだろ・・・』とその女性をちょっと可笑しく思っていました。