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僕はお布団?

子猫ちゃんを寝かせる温かいお布団の物語(*^_^*)

僕はお布団?-夕雲





もう11月だから少し季節はずれてるけど
ずっと暑くて季節感としてはいい感じの曲

僕の好きなサラ・ボーンで
ちなみに僕が聴くのはアット・ミスター・ケリーズ盤





岐阜の花火の日
例によって同窓会
行きの駅から見た風景
サビサビのトタンが風情さえ漂わせる
歴史というか何というか
古い物はただ古いと言うだけでも存在感が有る気がする
今年も正倉院展に行って来た

今年のポスターは漆金薄絵盤 [うるしきんぱくえのばん]
入場したのは午後四時前
30分弱並んで、中で一時間弱並んでやっと観れた

いろいろ出品してあるが毎年観ても特別感激する物は少ない
観る人が観れば素晴らしい出品物ばかりだろうが僕には解らない
ただ1300年の時の経過がすべての物に重みを与えてるのは理解出来る

この建物がどれぐらいの時間経過した物なんかは判らない
ただ1300年よりは少ないはず(笑)
線路際で架線が擦れて飛んだ鉄粉も付着してるのだろうな
見事な錆だ
美しささえ感じる
夕空に浮かぶ雲はオレンジ色に光って普通に美しいと思える
こうして写真を見比べたら
僕には同じ色に見えて
しかも夕陽の光で美しく感じてしまった
この建物を観て美しいと思える僕は相当な変人だろうな
がそれが自分だから良いと思う
人がどう思おうと僕にはどうでも良い事だ
なんでも良い
僕の目に映る物が心地良ければそれで良いと思う
この建物を汚いので壊したいと思う人も居るだろうな
むしろその方が多いかも
僕も残したいとは思わない
でも記憶には残しておきたくてシャッターを切った



僕はお布団?-錆



でもその時は何も考えず
ただ目に付いたからiPhoneを取り出してシャッターを切った
そばに居た人は変な奴と思っただろうな
写真を見る度になんで写したいと思ったのか
その意味をずっと考えてもう四ヶ月以上が過ぎた
ここに書いた結論は今の思い
また思いは変わるだろうな
それが多分歴史解釈と言う事なのかも知れない
正倉院の詳細についての資料は多い
だがすべて事細かく解説が残っているわけでも無い
史跡旧跡を巡る度に歴史研究家の想像を解説として見聞きする
解釈は時代と共に変化して行くのだろうけど
すべての物に深い意味が有るわけでも無い
時間には形が無い
だからすべての物の意味は時間と共に変化する気がする


僕はお布団?







ゴーヤも終わった
シーズンがやっと終わった気がする
もうストーブを出した
でももう11月だ
今年も残り少なくなってしまった


僕はお布団?-ゴーヤ



妻の抗癌剤治療も終わった
経過は順調だ
後は経過観察
抗癌剤の副作用が抜けてどれぐらい回復出来るかは本人次第だ
僕は僕がやるべき事をする以外に無い
忙しいが相変わらず火の車だ
妻の居ない事で空いた穴は塞ぎようが無い大きさだった事にも気付いた
それでもとにかく頑張るしか無い
頑張る事が嫌いな自分に取っては苦痛だが
苦痛も受け入れれば快感になる(笑)
たまに羽根を伸ばす事も有るが、少しぐらいは許されるだろう。
人は機械じゃ無い
特に僕は怠け者だから機械のように働くのは無理だ
親にはずいぶん言われたが
その親も今は自分の身の始末さえ滞りがちな爺婆になった
いずれ僕もそうなるだろうが同じようにはなりたくないな



$僕はお布団?-紅葉



写真は志賀直哉旧邸前の道端の落葉
秋はつるべを落とすように暮れていく
気が焦るのは僕だけだろうか
哀愁を感じる事は怠け者の証か
そろそろスタッドレスタイヤへの交換タイミングも考えなきゃ
雪が降ったら今年は温泉に行こう
今年は雪が多そうなので期待してる
飛騨の住人には厳しい冬になるかもだけど
雪が連れて来る観光客も多いだろうから
やはり夏は暑く冬は寒く
春は心が躍り
秋は過ぎ去った時間を思い心がしっとりする
四季が無ければ経済も動かない
日本は美しい国だ
世界の東の果てだもの
すべての文化が西から東へ伝わって熟成を重ねた結果が日本文化だ

今日は冷たい雨
やさしい雨
暗い日曜日
こんな日は心もしっとりする
今日も仕事だ
腰が痛い(笑)