駐車場を出て、いつもなら南へ向かい広い道路を東に歩いて大きな鳥居をくぐって東大寺へ正面から行くのですが、この日は違う場所から行く事にしました
せっかく遠くまで来たのですからいろんな所を見たいですからね
駐車場からそのまま東へ向かって信号を渡ります
交差点のすぐ東に池がありました
奇麗な金髪のお姉さんが写真を撮っていたので僕も一緒にカシャッ
連れのお兄さんは怖そうな人でしたね
テカテカ頭にサングラス
腕には入れ墨
女性は可愛らしい感じでしたけどね
お兄さんもサングラス取ったらきっとイケメンなんでしょうね

白い土塀の続く道に入って行きます
右手にある門の表札に「知事公邸」???だったかな
そんな感じだったような気がします

塀越しにザクロが思いっ切り口を開けてました

だんだら下り坂になってるので向こうに若草山が見えています
正面はなんか美術館と日本庭園が有って見学や食事も出来るみたいです
観光客が数人居ました
でも東大寺に近いのに静かな所です
旅はこうありたいですね
にぎやかさもいいけど・・やはり落ち着いた雰囲気には癒されます

突き当たりを左に曲がると高級住宅が並んでいました
道は更に下り・・正面には東大寺の戒壇堂が見えています
屋根の傾斜が特徴的な建物です
ここが東大寺の一番西に位置する建物群です
ほとんど人は見かけません
観光地と言っても人家なので写真は撮りませんでしたが立派なお宅が並んでいました
陽差しが暖かく少しヒヤリとした爽やかな風が半袖の腕に心地良かったです

坂を下りきると目の前に石段です
上は戒壇堂・・ここからが東大寺の境内です

戒壇堂に上がる石段の所に案内板が有りました
現在地判るでしょ

案内板の前に立って右を見ると大仏殿の雄姿が見えます
こうして見るとホントに大きな建物ですね
これが今日最初に観た西から見える大仏殿です

戒壇堂への階段を上がると目の前に門があります
ここで戒壇堂の拝観料を納めます

中にはいると通路の両脇に奇麗に均された石の庭がありました
大仏殿近くの喧騒からは程遠い静けさが漂います
訪れる人は少ないですが、ここにも国宝が安置されているんですよ


門の所から間近に見ると屋根の急な勾配が見えません
でも二層の美しい建物です
東大寺の主な建物に観られる特徴を備えていると思います

中に入ると中央が広い舞台のようになっていて真ん中に木造の多宝塔が安置されていました
多宝塔はいろんな寺院にありますが、どこも優美で美しい姿の建物です
ネットで検索しても各地の多宝塔の写真が見れますが、誰が見ても一目瞭然の特徴を備えています
舞台の四方に四天王像が安置されています
四天王像はいずれも塑像で彩色がほとんど剥がれているので白く見えます
四体とも奈良時代の仏像で国宝です
この四神のお顔が素晴らしいのですよ
天平の昔にこれだけ活き活きとしたお顔の芸術作品が作られていた事に感激するのと塑像が良い状態で残って居る事にも感激を覚えました
お顔だけでなく体付きも均整が取れて美しいのです
今にも動き出しそうな気配すら感じられる見事な仏像です
実はここは東大寺でも一番鑑真さんに関係の有る所です
東大寺が政治の中心になってしまう以前の仏教の心が息づいている場所って感じです
僕が最初に奈良を好きになった所は唐招提寺の講堂でした
唐招提寺は鑑真さんのお寺です
東大寺を追われた鑑真さんが修行僧のためのお寺を寄進に依って造ったのが唐招提寺の講堂だったと思います
中央の多宝塔には二体の仏像が安置されて傍らに鑑真さんの肖像画が飾られていました
それが何故か嬉しく感じました
ここには鑑真さんの仏教布教へのひたむきな心が残っているように感じました
ここも僕の他には参拝者が居ませんでした
係のおじさんが出てみえたので「素晴らしいお顔の仏像ですね」と声をかけると難しそうな顔が一転してにこやかな顔になり、しばらくここの仏様についてお話を伺う事が出来ました
行く先々で気が向けば人とゆっくり話しが出来るのも独り旅の良さです
四天王像をゆっくり20分ほど拝観出来ました
戒壇堂を出て塀づたいに東の方へ回ってみましたが、そこから先は公開されていないようだったので引き返しました
西の塀の外から観た戒壇堂です
最初に遠目で見えた特徴的な屋根の感じがよく解ります
一般に寺院の屋根は大きく湾曲したカーブが特徴的ですが東大寺では直線的です
僕の主観ですがこのデザインは、おおらかさを感じますし、あまり威圧感がありません
なぜこの形なのかは解りませんが奈良にある古いお寺にはこんな屋根が多いように感じます
新しいお寺の建物は湾曲が有って入母屋造りになっている所が多いですよね
日本中に在るお寺のほとんどが入母屋造りで奇麗なカーブを持った寺院建築です
東大寺にある巨大な建築物が寄せ棟作りで有る事はなにか重要な意味が有るのでしょうかね
時代と言う事だけなのでしょうか
時代の新しいお寺でも尼寺や地蔵堂など小規模な所には寄せ棟や方形の頂点が一カ所ってのが有りますが東大寺は大規模です
お寺の屋根の形にも何か意味が有るのかも知れませんね

戒壇堂越しに見えた若草山です

戒壇堂の前は遊歩道が奇麗に整備されていました
遊歩道に沿って東大寺のたくさんある建物を眺めながら大仏殿に西から近づきます
土壁の中に瓦が埋めてあります
これの説明を小学校の修学旅行で来た時に聞いた記憶がありますが、よく聞いていなかったのでしょうね
内容は忘れてしまいました
もっとも40年以上も前に聞いた事を覚えていられる程記憶力が良くは無いですが^^;
何かタイムスリップしたような眺めです


目の前に大仏殿が迫って来ました
この辺りは観光客よりも東大寺の関係者らしい方達やお坊さんばかりが目立ちます
それも小人数ですが
裏の方には幼稚園も有るようですね
大仏さんの居るお寺の幼稚園に通う子供達・・羨ましいですね
僕も奈良に生まれたかったな
そしたら奈良の女性と結婚して、日常的にこんな所を散歩していたかも知れません
もっとも奈良に住んでいたら、あんまりそんな事は感じなかったかも知れませんが・・・
でもきっと今頃・・木を相手に何かを造る仕事をしていたでしょう
憧れていましたが、僕の住んでいる所からは縁遠い仕事でした

更に東に進むと大仏殿の回廊の横を大勢の観光客がせわしなく歩いているのが見えて来ました
自分の居る場所のゆったりした時間の流れと全く違う世界の光景を見ているようです
なんとなく騒々しい人のざわめきも聞こえてきます

指図堂というお堂の前まで行って引き返す事にしました
あまり通らない所を歩いてみようと思ったからです
これが指図堂です

振り返って戻ると目の前に先程の土塀の門がありました
ここは東大寺再興時の勧進所や阿弥陀堂
さっき塀越しに見えた校倉造りの八幡殿などがある塀の中への入り口です
案内板に依ると塀の北側に幼稚園が有るようです

塀に沿って北に向かいました
建物が切れた所に大仏池がありました
ここは車が入ってくる道になっています
タクシーが通っていました
その道を東に向かって少し坂を登ると
正倉院へ向かう道が見えて来ました
そこから林の中を正倉院の方角へ向かいます
ここまで来ると人の数も少し増えてきました
正面に正倉院の門が見えて来ました
玉砂利の道の中に鹿の糞が混じっています
気を付けて歩かないと知らないうちに靴底に付いちゃうので困ります
のんびり景色を観ながら歩くって訳には行きません
奈良公園はちょっとそれが困りますね^^;
鹿はお釈迦様が悟りを開いた祇園精舎に沢山居たそうですし、仏様の使いだそうですから仕方がないですね
奈良公園に鹿が居なかったら魅力も半減するかも知れませんね

門の向こうに正倉院の屋根が見えていますが、ここからは入れません
東に回って鉄筋コンクリートで出来た東宝庫の奥から入ります

東宝庫の前から観た大仏殿
北側から観た大仏殿です

係の人が正倉院への通路の入り口で案内していました
右側が森になった道を北に向かうと突き当たりが開けて左に正倉院が見えて来ました

入り口には手作りっぽい内部の説明の掲示板がありました
中の様子を写真で紹介しています
そう言えば国立博物館の正倉院展には毎年大きな模型が展示してありましたね

正倉院
大きいのでファインダーに入り切りません
もっと広角でないと無理ですね
中は二階構造になってるそうです
間近で観る正倉院
思ったより大きいです
初めてでは無い筈なんですが、記憶がありません
でもその分感動出来たので良かったです
一体どれだけの木材が使われて居るのでしょうね
1300年も風雨に耐えて宝物を守って来た凄い建物です
古代の人々の知識の深さと先進性に感激です
今の世の中に一番大事なものを昔の人々は持っていたのかも知れません

写らなかった南端です

正倉院の周りの森はブナが目立ちます
これは珍しい事だと思います
多くの寺院や神社の周囲は杉や檜の林がほとんどです
豊かなブナの木が多く生えている事に何か意味があるのかも知れませんね
とゆう事で・・こんな写真撮ってみました

そろそろ大仏殿へ向かいます
もう二時間近く歩きました
少し疲れて来ましたね
大仏殿の北側に講堂跡の大きな礎石が並んでいます
平らに削られた礎石の上で家族連れがお弁当を広げていました
家族連れで奈良へ
それともこの近くの人達なのかも知れませんね
ちょっとしたハイキングって所でしょうか
なんとなく微笑ましい暖かくて懐かしい景色でした
自分があんな家族連れで行動していた頃から、もう20年ぐらい経ってしまいました
いつか孫を連れてどこかでお弁当を広げる時が来るかも知れません
まだしばらく先の事になりそうですが、それまで元気で居ないとね
っていうか死ぬまで丈夫で居たいですから

礎石の大きさからとても太い柱を使った大きな建物だった事が想像出来ます
礎石の並び方を見ると唐招提寺の講堂と似た形をしていたのではないでしょうか
でもたぶん規模は大きくなると思いますが
東大寺に講堂が再建されていない事に少し寂しさを感じました
講堂は修行僧の学びの場所ですから
現在は他の場所で学ぶ所が有るようですが大仏殿と呼ばれている金堂の後ろに講堂が有る事は意味がある事なのではないかと思います
象徴的な意味でのノスタルジーに過ぎませんが復興する意味も無いのかも知れませんね

大仏殿の間近から観た屋根です
金色の鴟尾(しび)の大きさが実感出来る場所に来ました

そのまま西に回り込んで、そろそろ一度トイレに行かないと
って事で西の回廊に沿ってトイレに向かいました
まだこの辺りは観光客の往来も激しくはありません

トイレの周りには大勢の人が居ました
ベンチはほとんど埋まっています
皆さんお疲れのご様子でした
用を足して大仏殿の正面へ出ました
さすがに人が多いですね
先程までの静かな東大寺とは全く違った縁日のような光景です

大仏殿の正面です
中には入らずに門の格子の隙間から写しました
中で写すよりもここからの方が上手く写るんですよ
中に入ってしまうと近すぎて見上げる感じが強くなるのとコンパクトカメラでは入りきらない時が有りますからね
ここなら拝観料も要りません
大仏さんは拝めませんが^^;
こうやって見るとさっきの戒壇堂と似ています
ただ真ん中のアーチ状の所がいつも気になります
あれはもともと無かったんじゃないかって気がするんですが僕の気のせいでしょうか
詳しい事は解りません
でもなんだかバランスが悪いと言うか違和感が有ると言うか・・・
どうなんでしょうね
まぁ豪華には見えますけど
鎌倉時代の再興の時には源頼朝も参列したそうですから・・何か時代背景が有るのかも知れないですね
アーチの下の開き窓はちょうど大仏さんのお顔が見える所です
って言うかあそこを開けると大仏さんから外が見えるって言う方が正しいのかな

後ろを振り返ると南大門が見えます
大きさもそうですが、他のお寺の門と違った印象を受けます
天竺様式と言うのだそうです
屋根を支える張りの組み方や形が独特です
天竺はお釈迦様の国ですよね
インドでしたよね確か
孫悟空の西遊記で覚えました
東映の西遊記はとても好きなアニメです
三蔵法師が奇麗でしたが、本当の三蔵さんはとてもごっついお坊さんでしたね
以前肖像画を観て夢破れた記憶が有ります
北に見える大仏殿
南の南大門
そして今居る中門
中門だけが奇麗すぎて取って付けたように見えるのは僕がひねくれてるせいなのかな
どうなんでしょうね

ちょっと足の裏がじーんとしてきました
で・・・ここで鏡池の前のベンチで休憩
後ろをたくさんの観光客が歩いているのを尻目に池の写真を撮ったりしていました
特にいい写真は無いのでアップしてません
何故かここのベンチは空いていました
みんな歩くのに忙しいのでしょうね
人連れで来るとこんなにノンビリしては居られませんものね
僕はすぐに人混みから離れたくなってしまいます
逆に人混みの中に居る事で安心する人も多いようです
僕は田舎もんなんですね要するに
すぐ傍のベンチでは横になって寝ているおっさんが居ました
お疲れなのは解るけど・・・横になるってのは、ちょっとね
ひょっとして中国の人かな
全然見分け付かないですからね
周りではいっぱい中国語が飛び交っていましたから
回廊の前を東に向かいます
回廊の東から山になっています
鳥居をくぐって坂を登ります
大仏殿の前と比べると人は減りますが、こちらは西側と違ってメジャーですよね
上にはお水取りで有名な二月堂や三月堂が有ります
長い坂を途中まで登って左に逸れて更に登ります
平らな所まで登り切ると土産物屋が有りました
そのまま進めば二月堂の方へ登って行きます
でもやっぱり人の流れと違う左方向に向かいました
ここには鐘楼が有ります
梵鐘は最初の大仏開眼時の物だったと思います

鐘楼の横から大仏殿が見えます
東から見た大仏殿です

鹿が数頭たむろしてました
一頭の鹿が鐘楼でジッとしていました
こちらを可愛い目で見ていたので写真を撮ろうとしたら横を向いてしまいました
シャイな鹿ですね
ここに居る鹿は餌をねだりに近づいてくるような感じではありませんでした
歩いて行くと何となく距離を取っているように感じます

鐘楼の北側に廻って梵鐘を見ました
大きな梵鐘です
修学旅行生に解説をしているガイドのおじさんが大仏さんを造った残りの銅で造ったとアナウンスしていました
八世紀の昔によくこれだけ大量の銅が手に入った物だと感心しました
採掘も精錬も原始的な手法に頼っていたのだろうと思います
銅は貴重な金属だったに違いないです
もの凄い規模の大事業だったのでしょうね

俊乗堂です
家に帰ってから調べたら鎌倉時代に大仏と大仏殿再興の中心となった俊乗上人とゆう僧を祀ってあるそうです
時代が新しいのですよね
標準的な入母屋造りの寺院建築です
日本的で均整の取れた美しい建築です

行基堂です
行基の名前だけが記憶にありました
奈良時代、東大寺創建に貢献した僧を祀ったお堂です
すぐ隣の俊乗堂とは全く趣が違います
行基は奈良時代の有名な僧ですがここで行基の名前を見るのは意外でした
なんとなく寂れたように見える行基堂
戒壇堂の鑑真さんの肖像画と共に心が惹かれる想いがしました
体制の迫害を受けても信念を貫き先を見るフロンティア精神とでも言うのかな
信念と先進性
自分が歩いて来た道と、憧れる信条でもあるからなのかも知れません
僕もまだ何かやれるような気がしています
その何かがなんなのかはわかりませんが

土産物屋に並んでる物に目が行きました
小学校の修学旅行で奈良を訪れ木刀を買った記憶が蘇って来ました
今も家のどこかに残っているはずです
奈良土産に木刀
当時は何も考えず興味を惹く物にだけ目が行っていたのでしょうね
あ・・・・・
今も一緒かな・・・^^;

写真に写ってる所では無いですが、鐘楼に向かう曲がり角の所の土産物屋兼食堂で昼食を取りました
ほんとはぜんざいの看板に惹かれて入ったんやけど、食事してから食べようって思ってたら食べそびれました
田舎蕎麦定食を食べました
味は昆布出汁の利いたあっさり味で意外な味でした
思わぬ美味しい昼食にありつく事が出来ました
僕が味音痴じゃ無かったら、これはお薦めだと思います
それとも奈良じゃお蕎麦ってこんな味が標準的な味なのかな
一緒に付いてた汁物と黒蜜ときな粉のくず餅も美味しかった
くずは奈良の名産でしたよね
でも甘い黒蜜でぜんざい食べる意欲が削がれてしまいました

独り旅で昼食に食堂に入ったのは初めてかも知れません
入った理由は空いていたから・・・
空いてる店はマズイかもって気もしますが、こんな観光地でリピーターのお客が居る訳じゃ無いし
もう一軒ある食堂は二月堂に向かう道の横で、ここは左に折れて目立たないって事だけが理由だと思います
向こうは結構混んでました
ちょうどお昼の時間にも関わらず夫婦らしきお客がひと組だけのこっちの店の方が落ち着く気がしましたしね
どうしても人の多い所は避けてしまいます
人が嫌いという訳ではないのですが・・どうも落ち着かないのが苦手なので・・・
ここではゆっくり出来たんでありがたかったです
ぜんざいは帰りに食べようって思いながら店を出ました
続きます