体調もまあまあ、

平和な日が続くと

なんか

それも怖くなるというのは

こういうことがあるからだ。



父親と母親が具合が悪くなってた。


とくに連絡もこのところなく

アクティブな二人

元気満々で

外が好きで

良く食べ良く寝て良く遊ぶ

元気優良老夫婦。


わたしのPPPDも

気にかけてくれて

かえって

わたしの方が若いというのに

心配をかけていた。



昨年

PPPDの診断前

脳を診てもらうことになったときも、

付き添って貰った。


MRI

閉所恐怖症のわたしは

麻酔かけないとならず


その際は付き添いがいないと

できないと言われた。


逆老老介護?

老若介護?

なんというの?

平日の日中の検査

みんな仕事だし



大概の検査は、

一人で受けられるものばかりだったものだから 

まさかの要付き添い、、


仕方ないので

母に事情を話してみた。


快くついてきてくれることになり

元気な食べることが大好きな

父の耳にも入り


イベントみたいに 捉えてくれて


昼にエビフライを食べ

帰りパフェ食べるというお楽しみ付き

という流れで予定が決まり、


なんだか喜んでくれて?!

父まで母と一緒に

ついてきてもらうことになったのだった。


MRIの前の問診票を渡される段になり

看護師さんが

両親の顔をみながら

渡そうとしていていて


いやいや、、

わたしなんですと。


娘の付き添いで

老いている二人が私を

付き添いできてくれてるとはとらないよな、普通はわたしが付き添いだよなと

思いながら

恥ずかしげに伝えた。


看護師さんは

あー!そうなのね

と間違えたことを悪がり、

老いた両親が付いてくるというくらいだから

すぐに私に対して相当悪いのかな、と思われたみたいで

気の毒そうな

哀れみの目で問診票を改めて手渡された。



そのとき

これは、早く治さねばと

バツの悪さから

決意を強くした

という昨年の経緯があった


そして

その検査に付き添いしてもらって

目が覚めるまで付いていてくれて


お約束どおり

検査前エビフライを食べて

検査あとパフェ食べて


何しに来たんだ状態で

でもまあ

結構楽しく過ごした一日に

なってたので

MRIの恐怖をとりさってくれて

両親には感謝したことがあったのだった。



そして老人両親に

元気づけてもらって

まだまだわたしのほうが

子供だな、、と。


両親を益々元気にしたかもしれないくらい

あれから子供に負けてないという自負で

元気に活動してくれていた両親


しかし。

一年すると

状況はまったく違うのだなと

いうことが、おこる。


一週間前父と母が同時にCORONAにかかり、いままで一度もかからずきていたのに


救急車で父が呼吸が苦しく夜中になり

運ばれて、

母も寝込んでしまっていて


おまけに寝ているから

くるぶしの裏側が痛くなってしまったらしく歩くのもやっとで

昨年の思い出がまだ一年なのに

変化についていけない

不安と寂しさを感じている。



わたしのPPPDの症状のことより

気がかりがでてしまい


静かななにもない日を安堵していることが続いている裏では

そんなことが進行してたのだ


自分ごとだと、

考えた方などで切り替えていけるように

なってきたが、、


どうも両親のこととなると、、

いつまでも元気でいるわけではないんだね


勇気づけてくれてそのうち治るよ

とかけてくれながら

ものすごい元気に羨ましよと話しながら

パフェを共に帰り食べて

また来ようね

と父が言って

また来ようね?病院に?と思いながら

うん、また来ようねなどと

たわいもない会話している時間は

なんだかキラキラしてる。


心配にもなるし、

寂しくもなり、、


ざわつく、、


平和が続くと

なんか

どっぷりできないのは

こういうことがあるからだ。


嵐の前の静かさ


後ろ向きには考えないようにしてるが、

家族が元気ないと

やはり

自分ごとより

重い気分になる。



またコロナも流行ってるときいたから

皆さんもお気をつけて。