「西洋人も先祖供養ってするのかな」というyongさんのブログ記事のコメント欄で、
仮面の忍者さんがザビエルの話を出しています。
正確な引用があったほうがいいかを思い、
ピーター・ミルワールド著松本たま訳 『ザビエルの見た日本』 講談社学術文庫より引用します。
フランシスコザビエルがイエズス会に当てた手紙です。
P.98~99より引用します。
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日本人を悩ますことの一つは、地獄という獄舎は二度と開かれない場所で、そこを逃れる道はないと私たちが教えていることです。
彼らは亡くなった子どもや両親や親類の悲しい運命を涙ながらに顧みて、永遠に不幸な死者たちを祈りによって救う道、あるいはその希望があるかどうかを問います。
それに対して私は、その道も希望も全くないとやむなく答えるのですが、これを聞いたときの彼らの悲しみは信じられないほど大きいものです。
そのために彼らはやつれ果ててしまいます。
しかしそのような苦しみの中にも一ついいことがあります。
つまり祖先たちのように永遠の刑罰を宣告されないように、自分の救いのため一層努力するように励ますことです。
神は祖先たちを地獄から救い出すことはできなのか、また、なぜ彼らの罰は決して終わることがないのかと彼らはたびたび尋ねます。
私たちは彼らに納得のいく返事をするのですが、でも彼らは親族の不運を嘆かずにはいられません。
私もいとしい人びとがそのような嘆き ─ 後悔先に立たず ─ を隠せないのを見て、涙を抑えられないことがあります。
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西洋人は先祖を思う気持ちが弱いというよりも、歴史的に、キリスト教社会であったので、
先祖供養という習慣がなかったし、その必要性もあまり感じなかったのではないかと思います。
ただ、カトリックの教えでは、子孫の功労、功績によって、煉獄にいる先祖はより高いところに
行けることになっていますし、宗教改革の発端になった免罪符は、先祖の救いのためのものでした。
それが非常に売れたのですから、西洋人にも先祖供養の気持ちがあるのは確かだと思います。
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