2012年08月02日
8日開幕の夏の甲子園に出場する佐久長聖は昨年7月、部員間の暴力行為が発覚し、秋の公式戦出場を辞退するなど苦難を乗り越えた。その“謹慎”から、甲子園切符をつかむまでの間、宍戸建太主将(3年)は「多くの人に支えていただいた」と感謝する。選手から「一番大きかった」と慕われた存在が、同校野球部OBで野球部コーチ、佐藤毅(たけし)さん(30)=同校教員=だ。大舞台を目前に佐藤コーチは「チームの雰囲気は良い。甲子園でもやってくれますよ」と、たくましくなった後輩たちを見守る。
佐藤コーチは98年、佐久長聖2年の時に2番打者の遊撃手として夏の甲子園に出場。大学を卒業後、04年からコーチを務める。
部が日本高野連から厳重注意処分を受けた昨年7月下旬。辞表提出を決めた中村良隆監督(当時)に「次に来る人(監督)がやりやすいようにチームを指揮してくれ」と託された。「来夏は絶対、甲子園に行く」と自らを奮い立たせた。
一方、選手たちのショックは大きかった。監督不在の中、気持ちが落ち着くまで全体練習ができなかった。佐藤コーチは1人でグラウンド周辺のゴミ片付けを続けるなど環境を整え、選手の立ち直りを待った。「甲子園に向け、練習したかった」との願いが通じ、ようやく8月の盆明けに練習再開した。
再開後も毎日、練習後に30~40分間、ミーティングを開き、選手たちに向き合った。自分が甲子園で経験したことや、甲子園出場を逃した先輩たちの思い出を語ったりして「目標」に向かう喜びや困難さを語った。宍戸主将は「話を聞いて『まだ自分たちには夏がある』と思えた」と思いやりに感謝する。
中堅手の南沢勇太選手(3年)は当時、ノートに記したコーチの言葉を今でも試合前に読み返す。「人間、変わろうと思って練習すれば、必ず変われる」。練習試合で結果が出ず、焦っていた昨秋。佐藤コーチに掛けられた励ましの言葉だった。
今年4月、元PL学園(大阪)監督で甲子園出場経験もある藤原弘介監督(38)が就任。春の県大会優勝、夏の長野大会も制し、10年ぶりの夏の甲子園出場を決めた。長野大会決勝で4安打の活躍を見せた南沢選手も「結果を出せたのは、苦しい時期を支えてくれたコーチのお陰」と、甲子園のグラウンドで恩返しを誓う。