高校球児のあこがれは、言わずと知れた兵庫県西宮市の甲子園球場だが、大学生の“聖地”はプロ野球ヤクルトが本拠地とする東京の神宮球場だ。9日、大学日本一を懸ける全日本大学選手権が神宮を主会場に開幕。全国26連盟の春の覇者たちは晴れの舞台で熱戦を繰り広げる。
全日本大学選手権は1952年に始まり、今年が58回目。第1回大会は8校が参加し、慶応大が初代王者に輝いた。神宮を使用する東京六大学と東都の両リーグを除く24校の選手は胸をときめかせる。
関西学生リーグを制し、神宮切符をつかんだ近畿大の榎本保監督(54)は「東京六大学や東都と比べれば、地方のチームは神宮に行くんだという気持ちは強いと思う。高校生にとっての甲子園以上の存在」と地方リーグで汗を流す学生たちの気持ちを代弁した。今春の最優秀選手に選ばれた近畿大2年生の中後悠平投手は「特別な場所だから、マウンドに立ったらあり得ないぐらい緊張すると思う」と神宮初登板を心待ちにしている。
神宮球場は、甲子園球場ができた2年後の26年に完成した。前年に結成された東京六大学野球連盟が、建設費の一部を寄付のかたちで負担。優先的に球場を使用することになり、学生野球を象徴する場となった。
この球場が生んだ最大のヒーローは、54~57年に立教大で活躍した長嶋茂雄さんだ。後の「ミスタープロ野球」は鈴なりの観客を魅了した。リーグ戦通算8本塁打は67年に法政大の田淵幸一さんに破られるまで君臨した大記録だった。
「僕が神宮に来てからだと、やっぱり江川だね。観客が十重二十重とすごかった」。こう話すのは神宮球場の戸頃啓場長(61)。鳴り物入りで法政大に入り、黄金期を支えた怪物投手、江川卓さんは鮮烈だった。東京六大学以外でも山口高志(関西大)、斎藤隆(東北福祉大)の両投手ら数多くの名選手を輩出した。
61年末にプロ野球の東映(現日本ハム)と使用契約を結び、64年から入れ替わりにヤクルトの前身、国鉄のフランチャイズとなった。
プロとの“共同生活”が始まっても、優先使用権は東京六大学が持つ。それでも今春からヤクルト側の長年の要望に応え、プロ併用日の開始時間を従来より30分早めた。プロ側はこの配慮によってナイター開始時刻を早くでき、観戦客の利便性も向上した。
「学生とプロが一緒に使う球場は日本でここだけ」と戸頃場長が胸を張る大学野球の聖地は、時代の流れとともに長年の慣習も変え、白球を追う学生の夢に応え続ける。