高校野球の名門、郡山(奈良)で春夏合計11度の甲子園出場に導いた森本達幸監督(74)が今夏の選手権大会を最後に勇退することが3日、分かった。すでに関係者や選手にも意向を伝えている。後任は未定。同監督は4日に奈良・大和郡山市内の同校グラウンドで始動。「最後の夏」へ向けて、スタートを切る。
47年にわたって高校球界で活躍する名物監督が、ついにユニホームを脱ぐ。森本監督はスポーツ報知の取材に「今度の夏で辞めます。70歳で辞めようと考えていた。もう一度甲子園に出ようと続けてきたが、今のチームは新3年だけでなく新2年もいい選手が多いので、いい状態の時に後進に譲りたい」と勇退に至った心境を語った。
同監督は関大時代、主力投手として慶大・藤田元司(元巨人監督、故人)、立大・長嶋茂雄(現巨人軍終身名誉監督)らと対戦した。2学年後輩の村山実(元阪神監督、故人)、上田利治(元オリックス監督)ら、のちにプロの世界で活躍する選手にとっても、あこがれの左腕だった。
大学卒業後は社会人を経て、家業の洋品店兼卸売店を継ぐつもりだったが、郡山の6度に及ぶ野球部監督就任要請を受け、63年に監督に就任した。天理、智弁学園など強豪私学がそろう中、甲子園に春夏合わせて11度出場。71年夏に4強入りするなど、甲子園通算11勝(11敗)を挙げている。星野JAPANのスコアラーを務めた福田功氏(55)や阪神・中村泰広投手(30)らプロ野球選手も育成した。
在任中は強豪校からの就任要請も多数あったがすべて断り、同一校で一度もリタイアせずに47年間も指導を続けた。2003年には日本高野連の「イヤー・オブ・ザ・コーチ」に輝き、2006年には練習試合を含め、采配した試合が通算4000試合を超えた。同校は今春のセンバツへの出場は絶望となっており、00年夏以来、9年ぶりの甲子園出場のチャンスはあと一度だけ。「(選手権奈良大会決勝が行われる)橿原球場で最後にうれし泣きしたい。もう一度、甲子園でノックするのが夢」と見据える74歳監督は、4日に同校のグラウンドで今年の練習を始動させる。最後の夏へ向かって、いよいよ走り始める。
◆森本達幸(もりもと・たつゆき)1934年11月6日、奈良県大和郡山市生まれ。74歳。郡山での高校時代は甲子園出場なし。関大では1年から主力投手として登板し、4年時に大学選手権優勝。社会人の京都大丸を経て、63年4月に郡山の監督に就任。甲子園には春6度、夏5度出場し、通算11勝。