みなさんお久しぶりですニコニコ


かなり放置してすみませんべーっだ!


部活を引退したものの、やることは多く、今でも充実した生活を送ってます♪



そうそう、先日、新しい友達やいろんな仲間とカラオケに行ったとき、自分の歌に初めて共感してわざわざ泣いてくれた女の子がいました目


自分なんてまだまだ未熟でこれからもっと磨いていかなあかん人間やけど、ようやく応援してくれる人達も少しずつ増えてきました。


ほんまにここまでやってきて良かったなと。


と同時にこれからもほんまに頑張ろうと思えました。


人の支えって大きいね☆


まあでもまだまだ課題は多く、これからももっと成長していかなあかんので音楽はとにかく頑張りますチョキ


最近は、いきものがかりのありがとうをようやくギターで弾き語りできるようになりましたニコニコ


つぎは何にしようかと迷い中であり、ギターはとにかく練習しまくりの毎日です☆





話は変わり、


前回更新したのが、東北ボランティアに行く前のことでして、


そこで感じたことを違うツールには書き込んだのですが、アメブロには書いてなかったので、ここにも書きたいと思います。



9月11日より




今日の朝、無事に東北から帰ってきた。

怪我したのは、調理の最中に包丁で手を切っただけっていう

9月1日から東北に出向き、ボランティアに行ってきた。


出発当時は、「ボランティアをしに行く」

という気持ちで臨んだ。

そんで、全てが未経験のまま気仙沼班のリーダーになり、みんなを指揮することになった。

目標は「東北の人達を元気にする!」


しかし、無事に10日間のボランティアを終えて、みんなで振り返った時、

元気にするはずの自分達が一番元気をもらい、今では

「ボランティアさせてもらった」という感謝の気持ちになっていた。

約60人もの大学生が集まった。


大学名は省略するが、約7つの大学生が小さい体育館で一週間過ごした。

そりゃもちろん毎日が本間に楽しくて、修学旅行みたいやった。


それと同時に、気仙沼、大船渡、中でも陸前高田の光景には言葉を失った。


メディアからの情報とは違い、半年経っても全然何も変わってなかった。


仮設住宅に住んでいる人達の心のサポートはゼロ


一緒に働いた人情のある漁師さんのほとんどの人が職を失った。


自分が生きていることを恨んでる人もいた。


メディアには、自分たちが過ごしてきた街が被災地と呼ばれ、


毎日過ごしてきた大切な家が瓦礫と呼ばれる


自分の地元である西宮がもし被災地とか、瓦礫とかって呼ばれ方したら、ほんまに日本でさえも偏見されている気がする。



被災地って言葉も瓦礫って言葉も悪い言葉じゃない。


それは分かってるけど、もし自分の地元がそのような呼ばれ方したら、きっとみんな良い気持ちにはなれへんと思う。

そんな現地で暮らす人達ととにかく沢山関わってきた。




でも、もうここまできたらやるしかないんやと!

前を向いて一日一日を必死に生きている人達を見て、本気で心打たれた。


と同時に、今までの自分がみっともなく感じた。

今までの悩み事とか、不平不満言ったり、プライドの高い道を選ぼうとしていた自分がほんまにあほ



もう一度人生見つめ直そうと思う

とにかく今回のアクションは伝えきれない。



だから最後に一言




「みんなも東北に行って生の現場を見にいってほしい」




同じ日本人として、同じ空の下で、ちょっと離れた所で生きることに本気で向き合って毎日闘っている人がいるということ



これは経験してきた自分達でも伝えきれません


だからこそ、自分の目で確かめてきてほしい



最初は旅行感覚でも良い

とにかく現地の人達と関われば、きっと何かを感じるはず

そして、自分の人生観も変わる


日々、些細なことに感謝できる人間であっても、東北に行けば、もっと人生の原点に感謝できる人になれると思う

そうすれば

これからの人生もきっと自分のやりたいように幸せになれると思う。

だから一度は行ってみて!


写真と動画も随時、更新します。

写真では伝えきれへんけど、自分たちができることをこれからもやっていきたいと思う。

また会おう!

そして、この10日間で出逢った仲間に感謝!

「一期一会」



以上☆