神武天皇祭の観客のいない深夜の雅楽 | 人差し指のブログ

人差し指のブログ

パソコンが苦手な年金生活者です
本を読んで面白かったところを紹介します

「 続々・物語をものがたる 」

河合隼雄 (かわい はやお 1928~2007)

(株) 小学館 2002年3月発行・より

 

 

 

   我身にたどる姫君 アイデンティティの探求 

            三田村雅子みたむら まさこ 国文学者中古文学専攻  1948~)

 

 

 

 

 河合 この間、東儀秀樹さんという篳篥(ひちりき)を吹いている人と対談し

     たんだけど、おそらく平安時代からそのまま音楽が伝わっているん

     じゃないかといっていましたね。

 

 

     そのときに聞いたのは、たとえば神武天皇祭なんていうと、宮殿の

     楽士たちが六時間にわたって夜中に雅楽を演奏するんですって。

 

 

     ただ雅楽を演奏しているだけだって、だれもいない。

     だれがいるかといったら、神武天皇がいるって。

 

 

     つまり神武天皇が降りてくる依代(よりしろ)があって、共に舞楽を舞

     う。

 

 

     それを六時間にわたってやるんです。

 

 

     そのとき今の天皇は初めに来られるだけで、もうあとはいない、

     要するに観客というのはいっさい いないわけですよ。

 

 

      それを毎年続けているというのは・・・・・。

 

 

三田村 特殊な体験でしょうね。

 

 

 河合 そういうのをちゃんと保持して、いまだに続けているんだから、

     天皇家にいろいろ伝わっている儀式だとか、もっと調べるべきだと

     思うね。

 

 

三田村 この間、NHKで、そのときの音楽はこういうものだというのを国立

      劇場で再現したのをたまたま聞いたんですが、「庭火」 という

      音楽だそうですね。

 

 

      玉砂利の庭で火を焚いて、その前で、ただひたすら声をあげて

      歌って笛を吹き続ける。

 

 

      夜中からずっと明け方まで、星が見えるなかでやり続けている

      と、神々しい気持ちになるんですって。

 

 

 河合  それはそうでしょう。

 

 

三田村 庭火の光と、暗闇のなかで月の光、星の光を見ながら、ずっと演

      奏している場面が展開されてましたけど、非常に不思議な世界

      で、すばらしいなあと思いました。

 

 

 河合 そういうものを完全に保持してきたわけでしょう。

      おそらくずっと昔からやってたんじゃないかと思う。

 

 

三田村 そうですね。じつはあまり感動したんで、その曲のテープを頼んで

      手に入れたんです。

 

 

      魂乞いの笛っていう感じで、ほんとうに魂がつながっていくような

      曲なんですね。

 

 

 河合 しかし日本は、そういう伝統をつぎの権力者がぶち壊さなかったと

     いうのは、非常に不思議なところですね。

 

 

      他の国だったら、権力者がすぐ壊して、自分たちの宮廷文化をつ

      くって・・・・となる。

 

 

 

  ~ [ 神武天皇祭 ] ウィキペディアより ~

 

初代天皇である神武天皇の崩御日に相当する4月3日に毎年行なわれ、神武天皇の天皇霊を祭る。

崩御日は『日本書紀』によれば紀元前586年(神武天皇76年)3月11日であるが、これをグレゴリオ暦に換算して4月3日としている。

宮中皇霊殿と神武天皇陵に治定される奈良県橿原市畝傍山東北陵で儀式が行われる。

神武天皇祭は幕末孝明天皇の時代、1860年万延元年)3月11日に神武天皇の御陵祭として始まり1871年明治4年)9月に定められた「四時祭典定則」で規則化され、その後、1908年(明治41年)9月19日制定の「皇室祭祀令」で改めて法制化された。

同法は1947年昭和22年)5月2日に廃止されたが、以降も宮中祭祀として存続している。

 

 

 

 

 

 

                              4月11日の奈良公園