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「文士の友情 吉行淳之介の事など

安岡章太郎(やすおか しょうたろう 1920~2013)

株式会社新潮社 2013年7月発行・より

 

 

本稿は、正宗白鳥生誕百年を記念して催された講演会の講演速記に加筆されたものである。

 

正宗さんという人は本当に、さっきから再三再四申し上げているように、ある意味では残酷なほど率直な、しかも、ある意味では非常に判りにくい人でありまして、時にまた、人を迷わせるようなことも、ちょっと好きな傾向もあるらしくて、亡くなる少し前に 『一つの秘密』 という、小説というか、エッセイを書かれたことがありました。

 

 

 

それはつまり、自然主義文学とかなんとかいって、自分のしたことをいろいろ告白したりなにかするようだけれど、どんな人間も決して、何でもかんでも告白してしまうもんじゃない。

 

 

これをいうぐらいなら死んだほうがいいという秘密を一つや二つ、みんな持っている。

 

 

自分もそういう秘密を持ったまま墓へ行こうとしてるんだ。

 

 

だけど、この秘密ってものは、別に、人を殺したとか、そんなふうな大それたもんじゃない。

 

 

 

そうじゃなくて、友だちがそれを聞いてしまったら笑うようなことだけれども、どうしても他人にはいえない秘密ってものがありますよ、とそんなことをいって、それが何であるかということは全然いわない文章を書いておられるんですね。

 

 

無論ぼくには、この正宗さんの秘密というものは、全然わからない。

 

 

どんな秘密があったのか、というより秘密らしい秘密があったのかなかったのかということさえわからない。

 

 

 

ただ、わかるのは、正宗さんに限らずどんな人間にも他人にはわからない隠された部分はあるものだということです。

 

 

人間は勿論、一様ではありません。上等な人間も下等な人間もいる。

 

 

しかし、頭のいい上等な人間から見ると、下等な人間のことは一から十まで見透せるかというと、そうはいかない。

 

 

人間てものは一人一人、皆わからないものなんですね。

 

他人が何をしているのか、そんなことは到底わからない。

 

 

自分のしたこと、自分の通ってきたこと、それだけがわかることだ     

そういう意味のことを正宗さんは、『内村鑑三』 の結びのところで言っています。

 

(略)

 

人間の不可解さ、人生の不可解さ、これは正宗さんが、最初から最後まで繰り返してこられたところです。

 

 

おそらくこれは正宗さんの終生変わらない意見であったと思います。

 

 

正宗さんの秘密というのも、そういう不可解なものを自分は残しているんだということ、それがおっしゃりたかったのではないでしょうか。

 

 

 

光が丘(東京・練馬)にて4月12日撮影