尊氏の性格が招いた失敗は、
実は後醍醐天皇の処置だけではありません。
尊氏は、単に優しいだけでなく、無欲なとても 「いい人」 だったのです。
そのことを物語るエピソードが伝わっています。
尊氏が将軍になったときのことです。
いろいろな人からお祝いの品が次々と届けられ、
京の尊氏の屋敷は贈り物で一杯になりました。
ところが、その日の夕方には、
それらが一つも残っていなかったというのです。
屋敷を埋め尽くした贈り物はどこへ行ってしまったのか?
実は、全部、尊氏が気前よく部下にあげてしまったというのです。
でも、この無欲と優しさこそが、室町幕府をダメにした根源だったのです。
なぜなら、無欲な人がトップになると、
部下に物だけでなく領地も気前よく与えてしまうからです。
その結果、室町幕府には広大な領地を持つ大大名が数多くできてしまい、将軍家がその力を押さえきれなくなってしまったのです。
日本には幕府を開設した人が尊氏の他に二人います。
源頼朝と徳川家康です。
彼らの作った政権が長続きしたのは、彼らが 「ケチ」だったからです。
ケチは部下にあまり領土を与えません。
でも、それこそが世の中を安定させるポイントなのです。
ですから、トップは 「海千山千(うみせんやません)」 「狸(たぬき)オヤジ」 「非情の人」 と呼ばれるぐらいの人の方がいいのです。
尊氏は優しく無欲ないい人だったために、
部下に気前よく、たくさんの領地を与えました。
そのことが、二代、三代と時代を経たとき、
ものすごく強大な力を持つ大大名を生みだし、
大名が将軍の言うことを聞かなくなる、という事態を招いて
しまったのです。
「学校では教えてくれない戦国史の授業」
井沢元彦(いざわ もとひこ 1954~)
株式会社PHPエディターズ・グループ 2015年9月発行・より
4月10日外濠公園(東京・千代田区)にて撮影