『人間は一生学ぶことができる 佐藤一斎「言志四録」に見る生き方の智恵』
谷沢永一・渡部昇一
PHP研究所 2007年5月発行・より
<谷沢> 伊藤整が小樽にいた時期、『日本詩人』という詩壇の中央雑誌があって、そこに詩を投稿したところ、一遍で掲載されました。
文学に理解がない父親に、「これに載った」 と見せると、「ふん」 と言って頷いた。
そして、これが息子にどれだけ大変な苦労をさせることになるかということを父親はそのとき察知しなかったであろう、と伊藤整は書いています。
詩歌は人を狂わせます。
その一番の例は杉田久女ですが、詩歌の世界は、身を持ち崩して輾転(てんてん)煩悶の屍累々という感じです。
<渡部> なるほど。志を読み間違えると 「漏らす」 心配のある人がいるということですね。
詩歌をやっていると、脇が甘くなるのでしょうか。
杉田久女は、公立の女学校以上の学校がお茶の水と奈良の二つしかない時代に、お茶の水を出た才媛であり、当時の美術学校を出た絵描きと結婚した。
この結婚も悪くはない。 しかし、俳句にのめりこんでおかしくなってしまう。
ただ、彼女の俳句はいいですね。 鋭さがあります。
<谷沢> 確かに、杉田久女の俳句はいいですね。
「足袋つぐやノラともならず教師妻」 などは鬱屈が凝縮されているような感じです。
江戸時代の場合、ことに俳諧などでは、首を突っ込んで家を潰すという例が少なからずありました。
芭蕉の弟子でも身を全うした人は少なく、何かの事件に引っ掛けられて追放されたりしています。
「鷹一つ見つけてうれし伊良子崎」 は杜国がそこへ流されて詠んだ句ですが、
消息のわかっている人のうちで半分ぐらいが何とか身を全うしている程度です。
社会的不適応というのは、詩歌の世界にしばしば見られることです。
10月29日 中央公園(埼玉・朝霞)にて撮影