毛沢東はマルクスを読んだか? | 人差し指のブログ

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もっとも二十世紀になると、そうした伝統的教養以外に西洋の文化をも学んだ二刀流の知識人が現れてくる。魯迅などはその代表である。

さらには西洋的一本槍の人も出てきて、そういうのを「洋秀才」と言ったりする。

マルクスだのエンゲルスだのを読むのもそういう西洋的教養の一部分である。が、毛沢東という人は、そっちのほうはまるっきりダメである。

毛沢東はマルクス主義なんだからマルクスの本は読んだろうと思ったら大まちがいである。

せいぜい中国人の書いた「マルクス主義早わかり」といったたぐいのパンフレットをのぞいたことがあるくらいのものだろう。


『毛沢東選集』を読むと、マルクス主義の用語を使った学術論文めいたものなども出てくるが、それは秘書の「洋秀才」、有名なのでは陳伯達あたりが書いて、毛沢東がそれを会議の席などで読みあげたから毛沢東の著作ということになっているだけである。

日本の総理大臣の施政方針演説と同じだ。

毛沢東は「マルクス主義の真理はいろいろあるが、せんじつめれば『造反有理』ということにつきる」と言っている。

『造反有理』とは「上の者をやっつけるのはいいことだ」ということである。

「造反」ということばは適当な訳語がないから日本でもそのまま用いているが、子供が親を蹴とばしたり、生徒が先生をぶん殴ったり、職工が社長を袋叩きにしたりすることである。

ただし、下の者は上の者に絶対服従せねばならぬという社会通念が前提になっている。

そう気軽に要約されては地下のマルクスとしては不服かもしれないが、毛沢東にとってマルクス主義の真髄はそういうことであり、毛沢東が実際にやったのもそれであった。

ただし自分の下の者が自分にさからうのは許さない。あたりまえである。

そんな簡単なことなのなら、何もマルクスから借りてくるほどのことではない、昔から中国の大盗賊がやっていることだ。

「中国の大盗賊・完全版」
高島俊夫(たかしま としお 1937~)
株式会社講談社2004年10月発行・より

楓の紅葉・光が丘公園(東京・練馬)12月12日撮影

紅葉 光が丘公園