仲島の大石という岩があります。

沖縄県立図書館の下に建物に隣接するように残されています。
説明番によると、高さが約6mもあります。
その上に生えた木が3階部分まで届きそうです。

 

実は康熙十二年(西暦1673年)大石の周囲を埋めて村を造る計画が持上がりました。
当時は那覇の泉崎村に属する場所であったが、ある訴えが王府にあり、結果、この岩だけ久米村の管轄となりました。
かつての久米は那覇の特区であり、中華系の人々が暮らすチャイナタウンでした。
願い出たのは、紫金大夫である金正春(琉球の名前は城間親方)ら。
風水的にここを埋め立てられると、久米村が衰退する恐れがあるということ。
久米村は、願出て大石を久米村の所有としてもらったのでした。
1853年ペリーが琉球に来航した時、上の写真と同じ方向からみた大石とみられるスケッチが残っています。

 

大石は海のすぐそばにあり、この一帯を埋め立てようとしたわけですね。
久米村は風水を大切にし、家だけでなく都市計画にも用いていたのでした。