遺書(仮)

遺書(仮)

別に死にたいわけぢゃないです(汗)


1964年 東京オリンピックの年に生まれました

アラフォーにしがみつきたい46歳(実際はアラフィフ^^;)

お肌も曲がりきって人生も折り返し


いつまでも若くはないのだよね


明日死んでもいいように

今まで思っても口にしてこなかった事を 綴ってみようかと思いたった


これは実母への遺書的なブログ


母が先に逝けば私の長年の思いは知らずに逝く

私が先に逝く時・・・これを読んでもらえたら・・・

私と言う人間の事 少しは理解してもらえるだろうか


Amebaでブログを始めよう!

お受験に必要な「面接」を何度か練習した



その時に「あなたの行く学校の名前はなんですか?」と言う

質問があり どうしてもみんなと同じ学校に行きたかった私は

「○○市立○○小学校です」と答えていた


そうすると試験管役の先生が

「ちがうでしょ ○○大学付属小学校でしょ」と言いなおす


でも私もかなり頑固であったようだ


何度同じ質問をされても

答えは決まっていた



その事で母が呼ばれたのか

それとも父兄での面接練習日だったのか

記憶は定かでないが


母の前でも同じように答えた



すると母が烈火のごとく怒りだした



「あなたは何を言ってるの??!!

違うでしょ??!ちゃんと言いなさい」



それでも私は○○市立○○小学校に行くのだと泣き叫んだ



先生も母も困惑している会話が聞こえてきた


「どうしたら言うのだろう」

「なんで言わないのだろう」

「面接の日には言えるのではないか」



その日は言うまで練習は終わらなかった








今でも覚えてる

ホントにその学校には行きたくなったのです



今思い出しても

哀しくなるくらい・・・行きたくなかったのです

近所の同じ年の子供は保育園に通っていた



私は「お受験」に強いと言われる幼稚園に通っていたので

近所の子供たちとは話が合わなかった


話が合わないと言っても子供同士の会話なので

例えばお昼寝の時に寝ない子がいるとか

今日のおやつはこんなだったとか たわいないものだが

そんな話をされるのが私は心底イヤだった


特に嫌いだったのが「運動会」と「遠足」の話



明日運動会なんだとはしゃぐ友達の会話に入れずに

(↑遠足も同様) 黙っていると

なんでかと聞かれ 自分は運動会じゃないからと答えると

どうして明日運動会じゃないのかと聞いてくる


そして運動会の代休についても聞いてくる


月曜日休みじゃないの?なんで? 




私は自分がみんなと違う事がイヤでイヤでたまらなかった


お昼寝もおやつも運動会もお休みも

みんなと一緒がよかった

どうして自分だけ違うのか

どうしたらみんなと同じになれるのか



この思いはいつしか

「小学校はみんなと一緒の所に行く」と言う

強い思いに変わっていった


当時お受験などと言う言葉はなかった


今でこそ浸透してきたお受験だが

私は40年前に経験した


多分母は「教育ママ」なるもののハシリ・・・


その為に「お受験」に強い幼稚園に通った

幼稚園なんてものは市内に数えるほどしかなかった

ほとんどが公立の保育園だったからだ


この私立の幼稚園はかなり遠くにあって

幼稚園のバスが通っている所までも

かなりの距離があった


母はこの頃運転免許を持っていなかったので

妹を背中におぶって私を自転車の後ろに乗せて

バスが来る場所まで送迎してくれていた


今ではそんなにめずらしい事ではないと思うが

当時近所にある保育園に行かずに

幼稚園に通う事は町内ではちょっとした話題であった


後に近所のおばさんに会った時に言われた


「あー。あの毎日自転車で送り迎えされてた子ね

雨の日でもお母さん必死に自転車こいでたよね」と・・・・


きっと「必死の自転車こぎ」は「鬼の形相」であった事であろう




ドラマや小説 漫画・・・・



仲の悪い親子に向かって


「なんだかんだ言っても親子なんだから」とか

「いつまでも意地を張らずに仲直りしなきゃ」とか

「あなたも人の親になってお母さんの気持ちわかるでしょ」とか

「お母さんも年なんだからあなたが折れて・・・」とか


そんな台詞は何百回も聞いてきた




非現実な物語の中だけでなく 私のリアでの友人も

ドラマの台詞と同じ事を言う



うまく言えないのだが・・・・



ただの親子喧嘩的な発想で説教して欲しくないんだよね


もうそんな「親子喧嘩」の域は当に超えた(笑





存在自体・・・・「無」なのだよ

母との確執は深い


いや 深いと思っているのは私だけか・・・



どこから書けばわかってもらえるのだろう

今まで閉じ込めた私の気持ち


思いついた事から書いていこうと思ってる

かなり支離滅裂になりそうだ(笑



私には兄と妹がいる

兄とは3つ 妹とは2つ離れている

母が20歳の頃 兄を産んだ

私が子供を産んだのが30歳だから

それを思えば随分早くに産んだ事になる


母は戦争で両親をなくした

親戚の家に預けられて苦労したらしい

高校卒業すると働きだしてお見合いで父と結婚


勉強が好きで優秀であった母は

大学に行きたかったらしいが

それは叶わぬ夢で終わり

その事が後に私達兄弟に影響を及ぼす


母の経歴について詳しくは知らない

思い出したくないのか母は多くを語らなかった

どんな青春時代を過ごしたのか

父との出会いは(お見合いではあるが)どんなだったか

好きだった本 思い出の曲

失恋や憧れ・・・・

今も私は知らない


私の知っている母は 私が記憶している母だけ


母の過去など知りたいと思いもしなかったと言うのが本音か



母に自分の悩みなど相談した事なかったから

「私の若い頃は・・・」なんて回答を得られるはずもない


確執は物心ついてから今も続いているのだから

母の過去などこの先も聞く事はないと思っている