参考資料3172 | シフル・ド・ノストラダムス

シフル・ド・ノストラダムス

ノストラダムスの暗号解読

ミトラのテーマ―――新指導者
「『ミトラ』mitres とは、遠い昔から司教や王、ユダヤ教の大司祭が公式の席で頭上にのせていた冠で、現在ではカトリック教会の冠として使われている。昔から形は変化してきたが、現在では図のように、頂上が横に深く割れ、前部と後部が吊鐘状に尖った帽子で、後部に二本の帯がついているものが使用されている。ひじょうに古い形の『ミトラ』は、その横断面が『壺』のように五角形をしていることから、シンボルとしては『壺』と同じ仲間に入る。
 このテーマには、『ミトラ』ということばのほかに、司教の位を授けるミトラの儀式を思い起こさせるようなことば、たとえば、『高位聖職者』prélat や『司教』pontife、『枢機卿』cardinal(司教として祭壇にのぼるときはミトラをかぶることから)なども含まれる。
”ミトラ”のテーマの多くは、ローマ法王とバチカンに関することであるが、『枢機卿』ということばを含む2篇の四行詩では、『フランスの枢機卿があらわれる…』(『諸世紀』Ⅷ-4)、『年老いた枢機卿が若い者にだまされる…』(『諸世紀』Ⅷ-68)と、フランスの枢機卿リシュリーの執政とその死(1642年)を予言している。

En navigant captif prins grand pontife,
Grans aprets faillir les clercz tumultez:
Second esleu absent son bien dobise,
Son favori bastard à mort tué.

航海中に偉大な法王は捕えられ
動揺した牧師たちの準備は失敗するだろう
つぎに選ばれた者は不在で しだいに力を失っていき
お気に入りの私生児を死に追いやるだろう (『諸世紀』Ⅴ-15)

<解釈>
バチカン(ローマ・カトリック)の内紛と衰亡の状況を暗示する詩。時期はおそらく1990年代末期だろう。時の法王が外国旅行中の反対派または異教徒の手で捕えられる事件が起こる。教会内部はまっ二つに分かれて争いが生じ、反対派の低位の司教が法王の座につき、彼はバチカン内の秘密を暴露するとともに、捕えられた法王の側近たちを処刑するにちがいない。」
「ノストラダムスの遺言書」ダニエル・ルゾー著・流 智明監修より

感想
>『ミトラ』mitres とは、遠い昔から司教や王、ユダヤ教の大司祭が公式の席で頭上にのせていた冠で、現在ではカトリック教会の冠として使われている。

「教皇の冠に刻まれた字ですが、それは「神様の子の代理人」という意味のラテン語VICARIUS FILII DEIである。」
引用元:https://x.com/dgbg1/status/1421834203159617545

「それによれば、「666」とはラテン語で「神の子の代理」を意味する"Vicarius Filii Dei"の、ローマ数字部分を足し合わせたものと一致する、という(V=5、C=100、I=1、L=50、D=500)。」
引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8D%A3%E3%81%AE%E6%95%B0%E5%AD%97#%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%95%99%E7%9A%87%E8%AA%AC

つまり、シンクロニシティーとしては「ミトラ」が「666」という事になる。また、

ミトラ
「インド・イランの太陽神。〈光明〉〈真理〉〈盟約〉などをつかさどる。アベスター中の〈ミフル・ヤシュト〉は〈ミトラ讃歌〉の意。ゾロアスター教ではアフラ・マズダの一化身とされた。ペルシア歴代の王朝で崇拝されたほか,西方では密儀神ミトラス(ミトラス教)として知られた。」
引用元:https://kotobank.jp/word/%E3%83%9F%E3%83%88%E3%83%A9-139026

昨日の記事の「太陽」に通じるものがある。オウム真理教に詳しい人なら連想する事だろう。

「ところで、『彼以外にはだれも知らない』彼の名とは、いったい何であろう?私はそれが「マイトレーヤ」であるという気がしてならない。そして、それは決してあり得ないことではないのではないか、と思われるのである。
 マイトレーヤは、未来に現われ衆生を救うといわれている仏陀である。日本では弥勒菩薩という名で知られている。このマイトレーヤのルーツをたどっていくと、なんとこれもゾロアスター教へと帰り着くのだ。
 ゾロアスター教には、ミスラという神が存在する。ゾロアスター教以前でも、古代ペルシャにおいてこの神の存在が認められるものであるが、古代ペルシャでもゾロアスター教でも、アフラの世界に属する神であるとしている。この神の性質は、司法神(善業・悪業の監視者、死後の審判の判官)・牧畜の神・戦神であるという。アフラに属するので、善神・光の神でもあるということになる。
 このミスラ神が、インドで光、盟約、正義神ミトラとなり、“友”を表わす同じ言葉ミトラ(Mitra)の派生語であるマイトレーヤ(Maitreya)へと変化していったらしい。
 この神の持つ、善業・悪業の監視者としての性格、戦神であるという性格を見てみると、これから悪業を清算させるために出陣しようとしている、転輪聖王のそれとそっくりではないか。ゆえに、私には転輪聖王がマイトレーヤなのではないかと思われるのである。」
「滅亡から虚空へ」麻原彰晃著より

ところで、マイトレーヤ(弥勒菩薩)は56億7000万年後に現れるとされているが、これは暗号で世界の人口が56億7000万人に達する時であると考えている。そして、その年とは1995年である。https://sekai-hub.com/statistics/un-population-prospects-2022#google_vignette

「弥勒は現在仏であるゴータマ・ブッダ(釈迦牟尼仏)の次にブッダとなることが約束された菩薩(修行者)で、ゴータマの入滅後56億7千万年後の未来にこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々を救済するとされる。」
引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%A5%E5%8B%92%E8%8F%A9%E8%96%A9#%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E4%BB%8F

因みに、如来(仏)ではなく菩薩(修行者)である事が大事なのだろう。ちょっと上から引っ張るような形じゃないと依存する事になってしまうからである。

私は導師ではない。あなたがたは誰にも頼ってはならない。自己の内なる魂の声だけを依りどころとして進みなさい。さもなければ、あなたがたは精神的な奴隷となってしまうだろう。
 権威をふりかざし、あなたがたを支配しようとする指導者を捜し求め、人生をさまよう放浪者となってしまうだろう。そして自己の進歩を忘れ、誰かの恩恵だけを求める人間となってしまうのだ。だから私はあなたがたに言っておく。自分の事は自分で救いなさいと。

 人は宗教の導師や教祖を慕うあまり、それを神格化し絶対視する。そのほかの可能性を頭から否定する。しかし、そのようなとらわれた意識をもってしては真実を見い出す事は出来ない。従って、諸君は私を権威者として見たり崇拝の対象として見たりしてはならない。諸君は自由でなくてはならない。
 どうかこれから、私の言う事を信じないで欲しい。しかし、疑わないで欲しい。頭から信じたり疑ったりせずに、自分の頭でよく考え、実行し、確かめて欲しいのだ。なぜなら、そうして得られた知識こそが本物であるからだ。自分を救うのは自分以外にはいない。私はただヒントを与える事が出来るだけだ。自ら救おうとする者はそこから学ぶだろう。与えられるのを待つ者は何も得られないだろう。」
「ファウスト博士の超人覚醒法」斉藤啓一著より

ところで、1995年にマイトレーヤの名で世間に登場したのは「ああいえば上祐」さんである。因みに、故村井秀夫さんのホーリーネームは「マンジュシュリー・ミトラ」(マンジュシュリーは文殊菩薩)である。
上の「正義神ミトラとなり、“”を表わす同じ言葉ミトラ(Mitra)」から、

「13 人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。」
「ヨハネによる福音書」第15章13節(口語訳)

が連想された。

百詩篇第4巻30番
十一回をこえて(人々は)望まないだろう、月と太陽が
両方とも増大し、その価値が下落するのを。
非常に(価値が)低くなるので、人々は黄金をほとんど縫えないだろう。
飢餓と悪疫の後に、秘密が暴かれる。
引用元:https://w.atwiki.jp/nostradamus/pages/464.html

5巻32番の詩
Ou tout bon est, tout bien Soleil & lune,
Est abondant sa ruyne s'approche:
Du ciel s'aduance varier ta fortune,
En mesme estat que la septiesme roche.
全くもって良い太陽と月、すなわち全くもって良い東方
豊かな東方よ、その崩壊が近づく
天からの進展がお前の運命に変化をつける
7番目の山と同じ立場に
引用元:https://ameblo.jp/hitorinomeaki/entry-12836538877.html

「五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ
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 ここで、五六七とは、悪を改心させ、すべてが神に改心し、良い世の中になるようなことが書かれてある。」
引用元:https://kakuyomu.jp/works/16816452220155676320/episodes/16816452220158244661

おまけ