参考資料2248 | シフル・ド・ノストラダムス

シフル・ド・ノストラダムス

ノストラダムスの暗号解読

詩篇 その44
「1 主よ、わたしはあなたに寄り頼みます。とこしえにわたしをはずかしめず、あなたの義をもってわたしをお助けください。
2 あなたの耳をわたしに傾けて、すみやかにわたしをお救いください。わたしのためにのがれの岩となり、わたしを救う堅固な城となってください。
3 まことに、あなたはわたしの岩、わたしの城です。み名のためにわたしを引き、わたしを導き、
4 わたしのためにひそかに設けた網からわたしを取り出してください。あなたはわたしの避け所です。
5 わたしは、わが魂をみ手にゆだねます。主、まことの神よ、あなたはわたしをあがなわれました。
6 あなたはむなしい偶像に心を寄せる者を憎まれます。しかしわたしは主に信頼し、
7 あなたのいつくしみを喜び楽しみます。あなたがわたしの苦しみをかえりみ、わたしの悩みにみこころをとめ、
8 わたしを敵の手にわたさず、わたしの足を広い所に立たせられたからです。
9 主よ、わたしをあわれんでください。わたしは悩み苦しんでいます。わたしの目は憂いによって衰え、わたしの魂も、からだもまた衰えました。
10 わたしのいのちは悲しみによって消えゆき、わたしの年は嘆きによって消えさり、わたしの力は苦しみによって尽き、わたしの骨は枯れはてました。
11 わたしはすべてのあだにそしられる者となり、隣り人には恐れられ、知り人には恐るべき者となり、ちまたでわたしを見る者は避けて逃げます。
12 わたしは死んだ者のように人の心に忘れられ、破れた器のようになりました。」
旧約聖書「詩篇」第31篇1節~12節

感想
>4 わたしのためにひそかに設けた網からわたしを取り出してください。あなたはわたしの避け所です。

「31:05隠された網に落ちたわたしを引き出してください。あなたはわたしの砦。」(新共同訳)

「真理の御霊」(契約の使者)はこういう人物かもしれない。本人は全く望んでいなかったのに、「隠された網に落ちた」ような人物。ただし、現実的には自力で脱出するのだろうけど。

「10 しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、主は彼を悩まされた。彼が自分を、とがの供え物となすとき、その子孫を見ることができ、その命をながくすることができる。かつ主のみ旨が彼の手によって栄える。
11 彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。義なるわがしもべはその知識によって、多くの人を義とし、また彼らの不義を負う。
12 それゆえ、わたしは彼に大いなる者と共に/物を分かち取らせる。彼は強い者と共に獲物を分かち取る。これは彼が死にいたるまで、自分の魂をそそぎだし、とがある者と共に数えられたからである。しかも彼は多くの人の罪を負い、とがある者のためにとりなしをした。」
「イザヤ書」第53章10節~12節

>5 わたしは、わが魂をみ手にゆだねます。主、まことの神よ、あなたはわたしをあがなわれました。

「31:06まことの神、主よ、御手にわたしの霊をゆだねます。わたしを贖ってください。」(新共同訳)

前半は、イエスが磔刑の時に述べた言葉だね。

「46 そのとき、イエスは声高く叫んで言われた、「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」。こう言ってついに息を引きとられた。」
「ルカによる福音書」第23章46節

旧約聖書が実現するように行動していたようだが、はっきり言って、「イザヤ書」第53章などはイエスの事じゃないよね。イエスが神に苦しめられる訳がない。神の子なのだから。

「4 まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。」
「イザヤ書」第53章4節

因みに、「われわれの病を負い」はイエスの神霊治療の事を指していると考えているようである。

「16 夕暮になると、人々は悪霊につかれた者を大ぜい、みもとに連れてきたので、イエスはみ言葉をもって霊どもを追い出し、病人をことごとくおいやしになった。
17 これは、預言者イザヤによって「彼は、わたしたちのわずらいを身に受け、わたしたちの病を負うた」と言われた言葉が成就するためである。」
「マタイによる福音書」第8章16節~17節

実際は、「真理の御霊」(契約の使者)が現われて、病的に愚かな人類の業を背負うのだろう。

「3 彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。」
「イザヤ書」第53章3節

>11 わたしはすべてのあだにそしられる者となり、隣り人には恐れられ、知り人には恐るべき者となり、ちまたでわたしを見る者は避けて逃げます。

「31:12わたしの敵は皆、わたしを嘲り
隣人も、激しく嘲ります。親しい人々はわたしを見て恐れを抱き
外で会えば避けて通ります。」(新共同訳)

敵が敵対するのは当然の事だが、この隣人や親しい人々の態度は尋常じゃないね。やはり、「真理の御霊」(契約の使者)の宿命か。真の孤独だろう。

>12 わたしは死んだ者のように人の心に忘れられ、破れた器のようになりました。

「31:13人の心はわたしを死者のように葬り去り
壊れた器と見なします。」(新共同訳)

孤独や裏切りなど望む所だよ、と言うような人が選ばれるのだろう。というより、そういう人しか耐えられないだろう。

「ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。」
「ペテロの第二の手紙」第3章9節

おまけ:https://www.youtube.com/watch?v=yeFEzyYoq0A