マタイによる福音書 その43
「イエスがピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、弟子たちに尋ねて言われた、「人々は人の子をだれと言っているか」。
彼らは言った、「ある人々はバプテスマのヨハネだと言っています。しかし、ほかの人たちは、エリヤだと言い、また、エレミヤあるいは預言者のひとりだ、と言っている者もあります」。
そこでイエスは彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。
シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。
すると、イエスは彼にむかって言われた、「バルヨナ・シモン、あなたはさいわいである。あなたにこの事をあらわしたのは、血肉ではなく、天にいますわたしの父である。
そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉(よみ)の力もそれに打ち勝つことはない。
わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」。
そのとき、イエスは、自分がキリストであることをだれにも言ってはいけないと、弟子(でし)たちを戒められた。
この時から、イエス・キリストは、自分が必ずエルサレムに行き、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえるべきことを、弟子たちに示しはじめられた。
すると、ペテロはイエスをわきへ引き寄せて、いさめはじめ、「主よ、とんでもないことです。そんなことがあるはずはございません」と言った。
イエスは振り向いて、ペテロに言われた、「サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者だ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」。
それからイエスは弟子たちに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。
自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。
たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。
人の子は父の栄光のうちに、御使(みつかい)たちを従えて来るが、その時には、実際のおこないに応じて、それぞれに報いるであろう。
よく聞いておくがよい、人の子が御国(みくに)の力をもって来るのを見るまでは、死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる」。」
「マタイによる福音書」第16章13節~28節
感想
>「イエスがピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、弟子たちに尋ねて言われた、「人々は人の子をだれと言っているか」。
彼らは言った、「ある人々はバプテスマのヨハネだと言っています。しかし、ほかの人たちは、エリヤだと言い、また、エレミヤあるいは預言者のひとりだ、と言っている者もあります」。
この文章だけ読むと、旧約聖書の「人の子」、つまり救世主は誰と人々は言っているかと考えてしまうが、この「人の子」はイエスが自分の事を言っているのである。
「さて、イエスは弟子(でし)たちとピリポ・カイザリヤの村々へ出かけられたが、その途中で、弟子たちに尋ねて言われた、「人々は、わたしをだれと言っているか」。
彼らは答えて言った、「バプテスマのヨハネだと、言っています。また、エリヤだと言い、また、預言者のひとりだと言っている者もあります」。」
「マルコによる福音書」第8章27節~28節
つまり、2000年前ではマスコミもSNSもないので、イエスと死んだ洗礼者ヨハネの区別も付いていないのである。
「そのころ、領主ヘロデはイエスのうわさを聞いて、
家来に言った、「あれはバプテスマのヨハネだ。死人の中からよみがえったのだ。それで、あのような力が彼のうちに働いているのだ」。」
「マタイによる福音書」第14章1節~2節
2000年前と言えど、死者の復活を公言するのは、イエスが現れてから死者の復活が頻繁に起こっていたからだろう。
「イエスは答えて言われた、「行って、あなたがたが見聞きしていることをヨハネに報告しなさい。
盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しいは聞え、死人は生きかえり、貧しい人々は福音を聞かされている。
わたしにつまずかない者は、さいわいである」。」
「マタイによる福音書」第11章4節~6節
「病人をいやし、死人をよみがえらせ、らい病人をきよめ、悪霊を追い出せ。ただで受けたのだから、ただで与えるがよい。」
「マタイによる福音書」第10章8節
具体的な死者の復活も何例か新約聖書には載っているが、省略。また、肉体を持った御使いの出現もポイントである。つまり、この時代のこの地方の出来事は、真の「終わりの時」のひな型で特別だったという事。他の時代で死者の復活など聞いた事がないだろう。
>そこでイエスは彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。
シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。
因みに、イエスは弟子でも信者でもない人からも「神の子」と思われていたようである。
「それから、向こう岸、ガダラ人(びと)の地に着かれると、悪霊につかれたふたりの者が、墓場から出てきてイエスに出会った。彼らは手に負えない乱暴者で、だれもその辺の道を通ることができないほどであった。
すると突然、彼らは叫んで言った、「神の子よ、あなたはわたしどもとなんの係わりがあるのです。まだその時ではないのに、ここにきて、わたしどもを苦しめるのですか」。」
「マタイによる福音書」第8章28節~29節
もっとも、だからパリサイ人たちはイエスを殺したくても中々手を出せなかったらしいが。
「祭司長たちやパリサイ人(びと)たちがこの譬(たとえ)を聞いたとき、自分たちのことをさして言っておられることを悟ったので、
イエスを捕えようとしたが、群衆を恐れた。群衆はイエスを預言者だと思っていたからである。」
「マタイによる福音書」第21章45節~46節
>すると、イエスは彼にむかって言われた、「バルヨナ・シモン、あなたはさいわいである。あなたにこの事をあらわしたのは、血肉ではなく、天にいますわたしの父である。
そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉(よみ)の力もそれに打ち勝つことはない。
>よく聞いておくがよい、人の子が御国(みくに)の力をもって来るのを見るまでは、死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる」。
はっきり言って、イエスの予言は外れている。ペテロは死なないと予言したのだろう。
>わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」。
これはペテロに対して言った事だが、「天の父」の教えだとすると真の「終わりの時」に実現する可能性がある。つまり、「真理の御霊」(契約の使者)が天国の鍵なのだろう。
ローマの人ペテロとはなにものか?
「『オリーブの栄光』のあとを継ぐのは「ローマの人ペテロ」である。
ローマ聖庁が最後の迫害を受けるあいだ、ローマの人ペテロが法王の座につく。ローマの人ペテロは多くの苦難のさなか、子羊を司牧する。苦難が去ると、七つの丘の町は崩壊し、恐るべき最後の審判が人びとにくだされる―――。 終わり
これがマラキの予言第112番の全文である。
・・・・さて、「ローマの人ペテロ」は法王であろうか?
そうでないことはたしかだ。すでに説明したように、この最後の予言だけが文章による“名ざし”されているからだ。
それでは、「ローマの人ペテロ」は対立法王であろうか?
これは、もっと考えられない。というのは、マラキの予言ではローマ法王庁から正式に認められた法王も対立法王も、ともに平等に扱っているからである。
ローマ法王庁の歴史をひもといてみると、正式な法王と対立法王がいて、文字どおり対立しあったことが何度かある。ひどいときには、正式な“法王”ひとりに対し、対立法王が二人もいた時代もある。
そのかわり、対立法王でなくとも、法王座を非合法に占めた人はひとりもいない。こうした例は過去一件もない。どうしてかというと、理由はかんたんで、対立法王であろうとなかろうと、その“法王”に対立する“真正な法王”がいなかったからである・・・・。
マラキは111の予言と最後の予言とのあいだにきわだった対比をつくりだすことによって、われわれを恐怖におとしいれようとしたのか?そこには、どういう意図があったのか?
これについては、いろいろなことが考えられる。われわれに“ショック”を与えて、注意をうながそうとしたのかもしれない。しかしいちばん考えられるのは、「ローマ人ペテロ」とこれまでの111人の法王とのあいだに深い本質的な違いがあることを知らせるために、こうしたきわだった対比を用いたのだろうということだ。
さて、これまでの“正式”な法王あるいは対立法王と、この「ローマの人ペテロ」とが本質的に違うとすれば、それはいったいどこか?法王選挙会議も戴冠式も、法王就任ミサも行われずに「ローマの人ペテロ」が法王座に昇るということになろう。
したがって、バチカンに本拠をおくローマ法王庁が、その終わりのときに首座に迎える「ローマの人ペテロ」は教会出身の人間であろうとなかろうと、法王選挙会議で選ばれることはない。むろん、戴冠式も法王就任ミサも行われない・・・・。」
「聖マラキ 悪魔の予言書」ダニエル・レジュ著・佐藤智樹訳(1982年)より
念のため、聖マラキの予言もシンクロニシティーレベルである。https://ameblo.jp/hitorinomeaki/entry-11525025625.html
おまけ