参考資料126 | シフル・ド・ノストラダムス

シフル・ド・ノストラダムス

ノストラダムスの暗号解読

「音楽は、古来から魔術的な力を持つと信じられてきた。それにいち早く気づいたのは、古代ギリシアの哲人ピタゴラスである。ピタゴラスは哲学者や数学者として知られるが、何よりも神秘家であり、また超能力者でもあった。そして彼ほど音楽の本質に迫った人物はいない。近年ますます盛んになっている音楽療法なども、まさしくピタゴラスを元祖とするものだ。ピタゴラスの業績は、音楽を音楽に終わらせることなく、人間の生きる道、人類の霊性進化への道にまで高めた点にある。彼によれば、人生の目的は魂を目覚めさせることであり、音楽とは、そのためのもっとも効果的な手段だというのだ。
・・・・ある夜、ピタゴラスが天体について考えながら歩いていると、ひとりのシチリア青年が、自分を捨てた女の家に火をつけようとしているところに遭遇した。彼の激情は、近くから聞こえてくるアウロス奏者の奏でるフリギア調の音楽に、ますます煽られているようであった。フリギア調とは、戦闘意欲を駆き立てるとされる施法である。ピタゴラスは怒り狂った青年に声をかけるよりまず、アウロス奏者のところに行き、フリギア調をやめて遅くて荘重なスポンダイック調の曲に変えてくれないかと頼んだ。指示どおりに曲が変わると、青年に取り憑いていた怨念は嘘のように消え、たちまち冷静さを取り戻したのであった。そして野蛮な行為を実行に移すことなく、おとなしく家に帰っていったという。彼を捨てた女は、鎮静作用を持つスポンダイック調の音楽に命を助けられたのである。このエピソードが示すように、ピタゴラスは音楽療法の開祖ともいうべき人物であった。また、音楽理論の基礎を築いた人物でもある。音楽の神秘を語るうえで、ピタゴラスを避けて通るわけにはいかない。彼の残した業績は、他にも幾何学、天文学、神秘学など、広範囲に及ぶが、どれも“調和”という概念で貫かれている。調和こそが宇宙の法則であると、彼は考えていたからだ。「コスモス(COSMOS)=宇宙。調和という意味もある」という言葉は、こうした背景のもと、ピタゴラス自身によって創造されたものだ。彼はそうした宇宙の法則、すなわち「調和」を、もっとも忠実に反映したものが音楽であると考えたのであった。音楽を「宇宙法則の反映」であるとしたピタゴラスの考え方は、基本的に本書でも受け継がれている。それはやがて“魂の解放”という、高い次元において花開くことになるだろう。そこでまずは、ピタゴラスとはいかなる人物であったのか、簡単に見ていくことにしたい。ピタゴラスといえば、われわれには「ピタゴラスの定理」でなじみ深い。しかしそれよりも、「哲学者(PHILOSOPHER=智恵を愛する者)」という言葉を最初に使った人がピタゴラスであることは、覚えていても損はないだろう。さて、ピタゴラス(BC570ころ-BC496年)は、サモスの出身である。宝石細工師であった両親が、生まれたその子についての神託を受けたところ、「美と知恵にかけて万人に抜きんでた存在となり、人類に多大な貢献をするだろう」と予言された。若いころにエジプト、バビロニア、インドなどを旅行し、そこで神秘主義を学んだ。とりわけインドではバラモンの高僧から教えを受け、「ヤヴァンチャリア」という名で文献に名前が残されているといわれる。40歳を過ぎたころに南イタリアのクロトンに移り住み、神秘的共同体とも呼ぶべき教団を作った。そこでは“肉体という名の牢獄”からの解放を目指し、幾何学、音楽、天文学の研究と、厳格な宗教的生活が実行された。ピタゴラスは輪廻転生を説き、そこからの解脱を説いたのである。まさに“古代ギリシアの仏陀”ともいうべき存在だったのだ。そして音楽とは、“解脱に至る修行法”のひとつなのであった。ピタゴラスは180センチを超える長身と活力に満ちた完璧な肉体を持ち、威厳に溢れ、60歳で弟子のひとりと結婚し、7人の子供を残したという。驚きである。常に穏やかで落ち着いた気質を保ち、喜怒哀楽の感情を露骨に表すことはなかった。その言葉は簡潔にして含蓄があり、まるで神託のようであったという。特筆すべきは、ピタゴラスの人を惹きつける異常なまでの魅力である。何しろ、彼の講演を聴きにきた600人もの人々が、講演の後、家族に別れを告げることなく、そのまま教団の熱烈な信者として住み着いてしまったというのだ。「私は人の心の弦を鳴らすことができるのだ」と、彼は謎めいた言葉を残している。」
「超人ピタゴラスの音楽魔術」斉藤啓一著より

おまけ 1回目の大学の先輩らしい。