日記代わりの手控え。
日ごろ会えない人への近況報告。
ブログってラクね。
ちょちょいとネット接続して、ちょちょいと更新して。
「作業」時間、正味2~3分。
我が家はインターネットに接続し ていない非近代的な家なので、昨日も今日ももっぱら会社から更新作業をしている。
ただし、もちろんバレたら怒られる。
私はその昔、ほんの短期間だけ自分のホームページというものを持っていたんだけど、その頃はとてもじゃないけど、仕事の片手間に更新作業なんかできなかった。
だいたい1つか2つぐらいはファイルをアップロードし忘れて、リンクが繋がってなかったりしてね。
という訳で、作業自体は非常にラクになったのだけど、昔も今もこうして文章を書く(タイピングする)スピードはちっとも速くならないし、ラクにもならない。
むしろ衰えている分だけ、確実に昔より遅くなっているぐらいだ。
昨日から久しぶりに、ビジネス文書以外の文章を書いていて、言葉や単語につまること、つまること。
まあ、しばらくこうして書いていると、カンも戻ってくるのだろうけど。
こればっかりはいかに文明が進化しようと、自分の能力なのだから仕方がない。
近年稀に見る駄作-「NANA」
昨夜は水曜レディース・デーを利用して、女友達と映画へ。
本日のお題は、公開以来爆発的人気の「NANA」。
私も彼女も漫画を読んでいたので(正確にはその女が私に貸した)、「それなりに」期待して出かけて行った。
結論は、タイトルの通り。
以下はその理由。
一部ネタバレ注意。
1.役者の演技がヘタ
ビジュアルにあまりにもこだわり過ぎた配役の為か、大根役者ばかりを揃えたのか。
主役の中島美嘉は大目にみるとしても、あれでは幼稚園の学芸会の方がいくらでもマシというものである。
いやいや、仮にも芝居で飯を食っている人たちなのだから、あれが素だとは考えにくい。
そうだとすれば、棒読みの台詞もお寒い演技もあれはあれで、新しいシュールな演出の試みなのか。
2.ストーリー性とメッセージの欠如
言わずと知れた原作は、現在も連載中の漫画である。
それを映画化するとすれば、その一部をピックアップして強引に完結させるというのが最も安直な方法であろう。
今回はその安直であるが故のデメリットが存分に発揮された結果となったと言える。
今回は、原作の冒頭、言わばさわりの部分を取り上げたと思われるが、原作上ではあくまでもプロローグにしか過ぎない部分である為、ストーリー的にも完結していないし、原作を読んでいる私が見ても、何を云わんとしているのか、主体的なメッセージが全く伝わってこないのだから、ましてや原作を知らない客は内容を理解する事すら困難であろう。
もちろんこれだけ有名な原作の映画化だから、客のほとんどが原作を読んでいるという前提なのだろうが、DVD作品や実験的なマニア向けの映画館での上映ならいざ知らず、大手映画会社の配給で、全国上映をするのであれば、原作も内容も何も知らない客がふらりと観ても判るストーリー作りをするべきではないだろうか。
こういう作品の映画化の場合、むしろプロットレベルで大胆にストーリーを組み直して、原作の世界観の上に成立した架空の(原作にはない)物語を作る方がむしろ成功する可能性は高い。
その事は、あまたある二次創作と言われる作品を様々な方法で描いておられる方々が証明しておられると思う。
3.要は想像力
今回は徹底的なまでにビジュアル面に拘った作品であった。
この映画は、原作者が紙面に描いた「NANA」の世界を、リアルにスクリーンの中に再現して見せた。
その意欲に対してならば、私も敬意を表する事ができると思う。
(パンクギタリストがあんなに腹出てていいのか、とかいう小さな不満にはこの際目を瞑る事にする(笑)。)
しかし、その完璧に再現しようとしてみせたが故に、それが故にこの作品は駄作となった。
原作の映画化は難しい。
原作と全く同じ舞台の中で、全く同じ格好をした人間が、全く同じ台詞を喋っても、滑稽なだけである。
それは、「映像化」ではあるかもしれないが、「映画化」とは言えない。
この作品に最も欠けていたもの、それは、想像力かもしれない。
その後、ゲン直しに最近できた日本酒のお店へ。
「開運」を2杯頂いて、帰宅。
