しだいに何処も人が集まれる状況になり、仕事もすっかり元通りに忙しくなって、

転勤などもあり、ひとりごはんサークルの活動もぱったり。

大好きだったお料理仲間の皆さんとお別れしてから、目まぐるしく時間がすぎていく。

日々に忙殺されて、サークル活動などは難しい状況になってしまった。

自分自身とつながりかけていた感覚を取り戻したい、と思っていたこの頃。

 

初めて聖飢魔Ⅱのミサに行ってきた。

最近、閣下がご病気をされていたと何かで知って、

子どもの頃、このかたの歌声が聞こえるたび、思わずテレビに耳をそばだてたなあ、

全然ファンでも何でもなかったけど、それくらい、いいお声だったのを思い出し。

お元気なうちに、会場であのお声を聴いてみたい!

感じたままに動いてみよう。すぐに札幌公演の申し込みをする。

するとチケットが当たったのさ。そして最高の気分で帰って来た。

やっぱり自分に正直になると、いいことがあるなあ!

 

束の間の夏休み、最新の大教典を聴きまくる。

辞書を引き引き、冊子の歌詞を読みふける。

 

ミサに行く前、いろいろ調べているうち、

閣下の書く詞を好きになった。

 

サロメは還って殺意をしるし

 

という曲があって、タイトルだけでも度肝を抜かれるんだけど、

かつて愛した人に対して消えたと思う気持ちが幾度も蘇り、

刃を突き立てては荒涼たる雪原に血しぶきをあげる感情のさまが

ありありと色彩豊かに描かれていて、敬服してしまったのだった。

 

「鬼」という曲の詞も冒頭から圧巻だった。

 

煮えたぎる鍋 麝香の香り

木偶人形が のたうちまわる

鬼火に揺れる 処女の髪の毛

水晶玉に 怨念込めて

 

この怨念の塊の男の姿は決して格好良くないんだけど、

音楽と合わさると、この詞が格好いいのなんの。

延々とこの調子で恨み節を連ねて、最後に「愛してるぜ」とくる。

これが怖い。怖すぎる。それが凄い。

なんでこんなに烈しくてcoolな詞が書けるのかな。

 

これらの曲が書かれたときの聖飢魔IIは、

若い肉体と感性で、様々な出来事に立ち合い、

社会的な死、精神的な死と再生を繰り返していたのだと思う。

血けむりたってる。

 

現在の聖飢魔IIは、老いとその先にある死が、

作詞者たちの目前に現実として迫っている。

でもいま描かれるその先にある世界は、禍々しく暗い終焉ではなくて、

軽やかで透明な未来、遥かな永遠を感じさせるものばかり。

 

秒読みが進んでく 愉しんで行ってみよう

悩むのも 嘆くのも 忘れて

‥‥

静けさの前の風 考えず乗ってみよう

悩んでも 嘆いても 同じさ

(Oblivion)

 

On Twenty Eighty Five

この歌を

キミはくちずさむ はずさ

Until Twenty Eighty Five この声よ

物語を また紡いで

キミに響かせよ

(2085)

 

生きていればこそ この歌もあるさ

そう 志あれば 光も差すさ

You shall find your way!

きみが今 星を仰ぎ

泣いていなけりゃ いいのだけど

Happy birthday to you!

(Is Everything In Reverse?)

 

ずっと彼らを心の拠り所にしていた人達や、

実際に生をともにし、いつかは遺していく人たちへ、

限りない優しさで未来へのメッセージをおくる。

聖飢魔IIらしくない、と言う人もいるみたいだけど、私は素敵だと思う。

 

みんな年をとっていつかは消えていくよ

私も、もう若くはない。

でもだからこそ、 生まれたこと、生きてこられたことの尊さ、

ささいなことで感じられる。

欲しかったものが手に入らないこともあったし

得たものさえも、いつかは全部手放していくんだろうと思う

それでも、一日一日を大切に紡いでいきたい。

ステージの上で光り輝くような人生ではなかったとしても、私なりに。

そんな気持ちにさせてくれる教典だった。

 

あらためて、音楽ってすばらしい。

喜びとともに毎日がある。

心から感謝を。