最近 ずっと ツバメ メダカ 蝉 が続き すっかり田舎ブログになっていましたので


時々は きもののことに触れます


埼玉県の川越 知っていますかはてなマーク 県内の方でないと知らないでしょうね


埼玉の中央より 少し南に位置します

人口34,5万位の町です 結構大きいでしょう 

東武東上線の川越市駅、川越駅から10分くらい 西武新宿線の本川越駅から

5分くらいのところに タイムスリップしたようなところがあります


突如として現れる 情緒あふれる「蔵造りの街並み」 城下の頃の面影を残す建造物

昔と変わらず街並みに時を告げる 小江戸川越のシンボル

「時の鐘」そして 人力車 など 結構きもので歩く雰囲気です

「毎月18日がきものの日」 として 町を上げて取り組んでおるようです


私 今夏 絹の故郷 前橋に 開店決める前には

この川越で検討しました

ここまでは我が家から片道15キロ位、前橋は片道65キロ位ですから


この町 この蔵造り通りの他、川越駅すぐそばのクレアモール通り

日本全国いずこの商店街も シャッター通りと呼ばれている中

非常に活気のあるところです(吉祥寺にはまったくかないませんよ)

やはり このようなところは 適当な空き店舗がありませんでした


さて 川越は唐桟の故郷 川越唐桟で 「川唐」 とも呼ばれておりますが

江戸から明治にかけて 木綿でありながら絹以上の高値で取引されたと

言われております 極細の綿糸でしなやかで光沢があり

遠方からもこの川唐を求めて この町に来られるようです


しかしこの唐桟も 唯一の機屋の 入間の西村織物さんも

昨年あたり高齢のため 止められたと聞いております

昭和50年に この川越唐桟を復活された西村さんも もう90歳位に

なられると思います ただ商品として流通しているかどうか知りませんが

保存会の方々が西村さんの技術指導を受けられて 相当成長されているとも聞いております


ただ 同じクラスの綿織物で 小千谷の片貝木綿、伊勢の伊勢木綿

極々極 少ないですが 問屋で見かけますが 川唐は前から見かけませんね


長くなりましたが 川越唐桟はきっと上記触れたように流通していないと

思いますので 唐桟といえば 房州館山の現在4代目の斉藤光司、祐司さん

親子を浮かべると思います もともとが江戸周辺の下級武士の内職および

その後明治のになり 武士の失業から手に職をつける為ですので

斉藤家ももとは東京で織っておりましたが 病気かなんかで 療養のために

館山に移り住んだと聞いたと思います

昔ながらの植物染料で、手で織るのはこの斉藤家の唐桟のみとなります


唐桟とは 南蛮船で輸入されていた東南アジアの縞織物ですが

インド西海外の積載港の 「セント トーマス」 が訛り 「サントメ→桟留」 と呼ばれ

当時日本にとり外国はすべて 「唐」 経由となりますので 「唐桟」 となったと

昔々 駆け出しのころに教わりました

これ 一昨年のきもの文化検定試験に出ていましたね


斉藤さんの染料の調合は 計量計など使いませんよ 「口の中で味見」です 凄い 凄い


ひとむすび お盆休み 今日で終了

明日より 営業開始


                           きもの お手入れ専門店

                           悉皆処 ひとむすび 支配人 新月