昨日の続き



本当は何もかも叶っているのに
叶っていないと思っていたのは


無いと思っていたから




よく言われてることですが
本当は全てあるのに
無いと思ってるから無いんですって話です




この無いってやつ
何でそうなってしまうのかと言うと


「ある」というものに
条件を付けすぎてしまってるから

なんですね




例えば「幸せである」という所に
○○だと幸せと感じられる
とか思ってるところありませんか?


お金がないから
理想の自分になれてないから
夢が叶わないとダメ
欲しいものが手に入ってないから


こういう感じで
幸せを感じるのに
条件を持ってしまうと
無いの意識になってしまうから
無いものを手に入れなきゃって
そこにばっかり意識が向いてしまう



その状態だと
毎瞬叶っている自分の願望に
気づきにくいんですね




そもそも願っていることって何ですかね?




私もそうでしたが
大願を成就させることが
願いが叶った状態だと思ってませんか?




ちょっとした時に
○○だったら良いのになぁ~って
思ってることないですか?



そういうことも願いなんです

それって日常的に
結構叶ってるものなんですね



何なら今日一日を振り返ってみてください
叶ってること結構あると思います




そしてもっと言うなら
過去から今も振り返ってみると
あの頃あんな風に思っていたことが
叶ってたなぁってこと
あると思うんです




私の場合だと
子供の頃の両親の私に対する接し方で
嫌だなと思うこといっぱいあったんです


私はその都度
「私が親になったら、絶対に子供にこんなこと言わない」
とか思ってたんですね

そして
「私は自分の子供とはもっとフレンドリーな関係でありたい」
って強く思ってたんです


でね、実際親になって
子供と接する度に
子供の頃を思い出すんですよ


こんな時
こんな風に言われたら嫌だったな、とか
こんな風にやってもらいたかったな、とか


だからその通りに接していた訳だけど
まあ、そういう行動の結果
願った通り、子供達とは
フレンドリーで良好な関係になれてるんだけど


これって行動したからそうなった
という訳でもないんですね



そうなりたいから
そういう行動をしたところで
そうならないことって
ままあると思うんです


私の場合、そうなりたい世界になったのは
そうすればそうなるという前提だったから

願いが叶うと言うよりは
当たり前にそうなっていく感じ


それが全てあるということ



愛されたいなら
シンプルに愛される私であれば良くて
そこに細かい条件をつけないこと




愛される私になるためには
○○でなければならないという
そんな条件を見つけてしまえば
無いものを探し始め
なかなか幸せになれない
世界が始まるだけです


そしてその条件から
更に条件を見つけて
本来そうなるであろう現実から
どんどん遠ざかっていってしまう



シンプルに愛されている事実を
見るだけでいい

見たらそこに条件を付けない
というかそもそも
条件は必要ないです


そうすれば素直に
愛されていることを見ることが出来る


それが願いが叶ったと
思える状態なんじゃないかなぁと








そういう風に過去を振り返ってみた時
アレもコレも叶ってたじゃん!って
気づいたんですね


そして今も
私がずっと前から
思っていた通りの世界になっています





無いから何とかしたい
何とかならないかなと思ってることって
もう既に手に入れてることが多いです

 
それなのに何故無いと思ってしまうのか…

無いと思うことで
感じたい感情や
無いと思ってる自分でありたいとか
そういう事なんじゃないかなと
思うのであります



無いと感じるのって
生きてる楽しみを
生み出すみたいなもんだなぁと
そんな感じがしますね