中臣不比等は11歳で父を亡くし、藤原姓を継いで藤原不比等と改名する。
父が仕えていた天智天皇は不比等を何かと気にかけてくれていたが、不比等13歳のとき天智天皇は崩御する。
その直後、
天智天皇の子と、天智天皇の弟が、
皇位継承をめぐり壬申の乱が勃発。
弟が勝利し天武天皇として即位する。そして不比等同族は政界から一掃された。
不比等は一族の紹介によって、19歳で結婚。妻は蘇我馬子の曾孫、蘇我娼子である。
この結婚には一族の思いが込められていた。
蘇我氏は蘇我入鹿の代で天智天皇に暗殺されたものの、蘇我氏は代々名門である。その蘇我氏と姻戚関係を結ぶことで、崇高な血を未来の子孫に受け継ぎ、蘇我氏の地位を受け継ぐ氏であるということを現在の支配者層に示すことができる、という思いである。
藤原氏が天皇家と絡み付く、藤のつるのような姻戚関係は、このときの思いからはじまった。結婚とは氏のため、家のため、子孫ためでしかない。。。
もう二度と没落しないために。。。
ただし一夫多妻制なので、恋愛結婚の妻も持つことができるけどね♥️