本日もお疲れ様です。
ずっとブログ更新出来ませんでしたがやっと気持ちも生活も落ち着いてきたので書けます!
懸賞に関係のない話しですので興味のない方はスルーでお願いいたします
老猫の具合が悪くなってと綴り、それから止まったまま10日以上が経ちましたが…
6日、日曜日の午前2時頃に24歳以上の愛猫のぐっちゃんが家族に見守られながら天寿を全うしました。
もともとこの子は旦那の実家で飼っていた子で、旦那のお父さんが亡くなりもう3年以上経ちますがそれから私が面倒を見るようになりました。
私がきちんとお世話をするようになった時には既に20歳以上だろうということで
旦那の話しによるとはっきりとは覚えてないけど「こいつはオレが20歳くらいの時からいる」とか言ってたので
旦那は今年45歳なので…
だとしたら今年で25歳以上なんだけど
そんなに生きる子いる⁉️とか半信半疑で、でもそれが本当だとしたら、
一緒に住み始めた時点でもう21歳くらいだし、あんまり先は長くないだろうな…と思いながらお世話を始めました。
スタートからいつくるかわからない別れを覚悟しながら日々を過ごしていたのですが、ぐっちゃんは年齢を感じさせないくらい元気な子でした。
もともと外に出してたりしてた子なので、散歩も行きたがり、春〜秋の外に出られる季節はたくさん散歩に行きました。
見てなくても匂いで勝手に帰ってくるから大丈夫だ!とか言われたけど、
もう20歳以上の子だし、匂いがわからなくなって帰って来れなくなったら嫌だから💦
外に出る時は必ずついて行って一緒に散歩しました。
じじに飼われてた時は、「こいつは色がぐちゃぐちゃで汚いから、それで誰にも貰われなかったから、だから家に残ったんだ!」とか、
「ぐちゃぐちゃな色だからぐちゃって名前にした!」とか言ってたけど
旦那も旦那の兄貴もぐっちゃんに対して、じじみたく「きたねー猫だ」とか普通に口走っていたので、旦那の実家ではそういう扱いをされて生きてきたのでしょう。
猫も人間の言葉が分かると私は思って接していましたので、
「20年間、ずーっとぐちゃぐちゃな色とか言われて❗️この柄はサビ猫って言うんだよ!
猫の種類も知らない単細胞どもめが!
サビ猫は複雑な柄で、1匹も同じ柄が存在しない唯一無二の猫なんだよ‼️
だからとーっても貴重なんだから‼️
大切にしないとダメなんだよ❗️❗️❗️
ねーっ!ぐっちゃーん❣️」
と言って、もう汚いとか言わないように❗️と叱りました。
「名前もぐちゃなんて可哀想だからぐっちに変える‼️もうじじも死んだし、ひとちゃんが飼うんだからなんて呼んでもいいでしょ!」
と言ってその日から皆んなでぐっち、ぐっちゃんと呼ぶように変えました。
じじが生きてた頃は灯油代節約のために冬はストーブの温度も18度設定とかにしていて
あり得ないくらい部屋を寒くしていて自分はダウンを着て過ごすとかやってたみたいだけど
灯油代なんていくらかかってもいいからと、猫一匹のためにボンボンストーブ炊いて、部屋は常に暖かくしていました。
いつかのおーいお茶キャンペーンで2口当選したカテキンブランケットは、上の猫達に1枚と、ぐっちゃんにも1枚で使ってもらってました
ふわふわで、猫達のお気に入りブランケットになってました2枚当たって良かったです!
ソファの上にも登りたがるので、階段も作ってあげたりしてました。賢いのですぐちゃんと使ってくれてました。
ご飯もしっかり食べてくれて、本当に手のかからない可愛い子でした。
9月下旬に膀胱炎になるまでは、とっても元気に過ごしてました。
前脚の関節は曲がっていたけど、自分の脚で歩いて庭にも散歩にしょっちゅう行ってました。
膀胱炎になったことが引き金となり、注射や点滴、止血剤など治療はしましたが
いよいよ食べ物を全然食べれなくなり、食欲増進のお薬も1回目は効いたけど2回目は全く効かず…
なんでもいいから食べてほしいと思い、ほっけを焼いたら
キャットフードやちゅーるは全く食べないけど、大好きなほっけは少し勢いよく食べてくれました。
それが最後の食事です。
それから水を少し飲み、そこからは全く何も食べなくなり
丸4日近く何も食べずほぼ寝たきりになってしまいました。
水もほとんど飲めず、何も食べてないのに吐いてしまったり…
土日に入ったのでほとんどついててあげようと思いながら先週末は一緒に過ごしました。
最後の夜は、娘をいったん寝かせてからまたぐっちゃんのところへ戻ってきたのですが
戻ってきてから呼吸が荒くなってることに気づき、もう本当にそろそろやばいかも…と思い
でも側を離れてその隙に…とか考えたらその場から動けなくなってしまい2時間くらい側にいました。
ですが、いよいよ口呼吸を始めてしまったので、旦那だけでも会わせなきゃ!と思い
深夜2時過ぎで寝てましたが叩き起こしてぐっちゃんの側まで来させました。
口呼吸で息は荒くなってたのですが、だんだんゆっくりと呼吸するようになり
最後は私達夫婦が見守る中、
静かにゆっくりと
心臓が止まるのを待つだけのような
ゆっくりと、
ゆっくりと…
お腹の動きが弱くなっていくのを見届ける状態でした。
旦那と二人で、たくさん泣いて、たくさんありがとうの言葉をかけました。
こんなに長生きしてくれてありがとう。
たくさんの思い出をありがとう。
一緒にいれて、幸せだったよと。
娘には次の日の朝に知らせて…
ずっと病院も一緒について行ってくれたり、「おばあちゃんなのにすごいねー」と、いつも可愛いがっていたので、とてもショックも大きく
大泣きする娘を抱きしめながら私も大泣きしました。
その日の夜に、お通夜をして
7日に最後のお別れをしました。
葬儀屋さんのおじさんが、年齢を言ったらビックリして
「今まで26,000匹くらいいたけど、その中でもこんなに高齢で亡くなった子は28歳のオスの猫と、27歳のメス猫の2頭だけだね。
この子は3頭目だ、すごい長生きの子だねぇ。いやほんとにすごいねぇ。」と言ってました。
私の生涯の中でも、
こんなに長生きしてくれる子に出会えることはもう二度とないでしょう。
最初に飼い始めた時に口走った言葉のとおり、唯一無二の猫ですね。
私と過ごしたのは、最後の4年弱くらいでしたが
今まで20年間、「色が汚い猫だ」と言われ続けてたので
晩年は毎日のように
「ほんと可愛い子だねー💕なんて可愛いサビ猫ちゃんなんでしょ!」
と声を掛け続けて、頭を撫でてきました。
出会った時より晩年の方が、目もクリクリしてとっても可愛いらしい顔つきに変わっていました。
たくさんの愛情を、注いでいたので、私が下に降りてくる時
階段の足音で私と分かったらガオガオ鳴いたり、ドアの前で待ってくれるようになっていました。
今はまだ毎日ご飯をあげる時間に、もうご飯をあげることがない、トイレ掃除もない。
毎日ドアの前で待っていてくれた光景がないことが
本当に寂しいです。
心にぽっかり空いた穴は時間が解決してくれるのを待つしかないのですが、今飼ってる2匹も大切にお世話していきたいと思います。
懸賞とは関係のない話しで書くか迷ったのですが…
ブログのタイトルのとおり私の生活の中には、子育てと懸賞と…やっぱり猫も欠かせない存在なので…
これからも気ままに更新していきたいと思いますのでよろしくお願いします❣️
最後にぐっちゃんが生きてた時に届いた、思い出の当選品の写真❣️
当選品はだいたい2階の猫達と一緒に写ってる写真が多いのですが
エリエール1年分が当たった時はさすがに2階まで運べず〜❗️
下でパシャッと記念撮影
一緒に撮ったというよりはぐっちゃんがただ写り込んでるだけ…ですが、
それでも当選品とぐっちゃんが一緒に写ってる唯一の1枚で、思い出の1枚です
ぐっちゃん、本当に今までありがとう!
これからは、お空から私と大好きなゆかりちゃんを見守っていてね!
長くなりましたが、最後まで読んでくださった方ありがとうございました
ではまたー