やっぱりウルウルしてしまった。

 

『ラ・マンチャの男』ファイナル公演初日である。

正確には「ファイナル公演復活初日」かな。

昨2022年1月のファイナル公演がコロナ禍で7回しか上演できず

奇跡の復活公演となったからだ。

 

 

 主演の松本白鸚、傘寿での挑戦である。

世界でも類がない偉業。

だから、ポスターの作品タイトルは

『松本白鷗i in Man of La Mancha』となっている。

いわゆるアバブ・ザ・タイトル。

 

 いまさらだけれど、ストーリーを少し。

16世紀末、セビリアの牢獄に放り込まれた

セルバンテス(白鸚)は、牢名主(上條恒彦)らを巻き込み

お芝居ごっこを始める。

お芝居の主人公は老いた郷士キハーナ(白鸚)。

彼は、自分を遍歴の騎士ドン・キホーテだと思い込み、

サンチョ(駒田一)をお供に旅に出る。

旅先でキホーテは、宿屋の下働きアルドンザ(松たか子)を、

ドルシネア姫と思い定め…、といったお芝居。

 

 作家セルバンテスの現実と、彼が牢内で始めるキハーナの話と

キハーナが妄想するドン・キホーテの遍歴物語と、

ドラマは三重構造になっている。

その中心から放たれるのがテーマ曲であり

かの名曲「見果てぬ夢」だ。

 

写真提供:東宝演劇部

 

 夢を、理想を、追って進んでいく、と歌うこのナンバーは、

作品テーマを背負うもの。

現実に妥協することなく、理想を追い求める姿が

現実を変える力を持つ、と歌いかけるのだ。

このナンバーの力はとても強く、

三重のドラマ構造を突き抜けて、

客席にしみわたり胸を揺すぶる。

 

 さらには今回、白鸚『ラ・マンチャ』にも重なって、

二重に胸を打つ。

1969年の日本初演からずっと50余年の間、

主演を続けてきた白鸚のパフォーミング・アーツにかける

想い、夢を追って歩み続けた長い旅路と

重なってしまうから。

 

 白鸚セルバンテス=キハーナ=キホーテのファイナル。

演出は彼が動きやすいように部分的に変わってはいたけれど、

作品の本質はそのまま真っ直ぐに客席に届いてくる。

歌声だって、かつてのように朗々と、とはいかないけれど、

それさえも作品の味わいとなってしまう。

 

 カーテンコールでは、一気にスタンディング・オベーション。

一度だけのカーテンコールで、

送り出し音楽の演奏が終わり、

スタンディング・オベーションがまだ続いているのに、

主演俳優はもとより俳優たちは舞台に戻って来ない。

ちょっぴり切なく、でも、潔く、ファイナル公演にふさわしくも思える。

 

 美術はそのまま、空っぽになった舞台は、

どこかで永遠に『ラ・マンチャ』上演が続いているような、

そんな想像さえかきたてるのだ。

 

 主演・松本白鸚には及ばないけれど、

上條恒彦や家政婦役の荒井洸子

神父役の石鍋多加史など30年近く同じ役を演じて来た俳優も多い。

そりゃあ、みなさん、往年の艶やかな歌声とはいかないけれど、

積み重ねた時間が残像となって、それもまた佳き。

 

 公演は終わりを迎えても、共有した物語と時間は胸に刻まれる。

そういう意味でも、白鸚『ラ・マンチャの男』は永遠である。

 

4月14日(金)~4月24日(月) よこすか芸術劇場