♪トライ・トゥ・リメンバー♪

と、冒頭のナンバーが流れて来ただけで、

ほとんど自動的にジワっときてしまう。

『ファンタスティックス』は、とても好きなミュージカル。

オフ・ブロードウェイ生まれ、世界最年長上演ミュージカルだ。

 

 それが、今度は東宝で上演された。

これまで、いくつものプロダクションで上演されてきたけれど、

思えば、日本初演版は東宝によるものだった。

1967年、シアター・クリエの前身ともいうべき芸術座である。

その時に青年マットを演じた沢木順は、その後に劇団四季を経て

いまもミュージカル界で活躍している、

 

 というわけで、55年ぶりにお帰りなさいの

東宝版『ファンタスティックス』。

今回は、上田一豪による新たな翻訳・訳詞。演出によるものだ。

 

写真提供:東宝演劇部

 

『ファンタスティックス』の出演者は比較的少ない。

主人公の青年マット岡宮来夢、少女ルイーザに豊原江里佳。

ルイーザの父ベロミーに今拓也、マットの父ハックルビーに斎藤司(トレンディエンジェル)

老いたシェイクスピア役者ヘンリーに青山達三、

その仲間モーティマーに山根良顕(アンガールズ)。

そして、狂言回しでありつつ物語の進行に大きな役割を果たす

エル・ガヨに、宝塚出身の愛月ひかる。

さらに、道具の入れ替えをし壁まで演じてしまう

ミュート(文字通り、台詞なし)に植田崇幸。

今回のキャスティングはバラエティに富んである。

 

 さて、物語。原作はエドモン・ロスタンの『レ・ロマネスク』だ。

隣同士に住むマットとルイーザは恋をしている。

密かに恋を後押しする父親たちは、わざと壁を作ったり、

ロマンティックな演出をしてもらうため役者エル・ガヨを雇う。

エル・ガヨがヘンリーとモーティマーを手下にルイーザをさらい、

危ういところをマットが救って、めでたし、めでたしとなる計画だ。

 

 計画はうまく運び、マットとルイーザの愛は強くなり、

壁も取り払われた。

エヴァー・アフター・・・(いつまでも幸せに)。

とは、ならないのだなー、これが。

 

写真提供:東宝演劇部

 

 作品のテーマを言ってしまうと、通過儀礼。

つまり、人は大人になるときに、なにかを失い、

苦い思いもするということ。

青春の喪失感は誰しも覚えがあるもの。

だから、このミュージカルは甘くてホロ苦くて、切ない。

トム・ジョーンズ詞(台本も)、ハーヴィー・シュミット作曲の

ナンバーが、どれも物語に似合って、素敵。

 

 広場に移動サーカスがやってきた!みたい美術が

物語を観客と地続きにしている。

ルイーザ役の豊原が、歌も演技も的確で印象に残る。

今ベロミーもいいなあ。温かい。

 

 今回の注目は、エル・ガヨ役。

ラテン系のいい男という設定で、本来男優の役だったが

宝塚男役だった愛月が挑戦している。

本当は女優だけれど、男装して悪漢を演じている、という趣向のよう。

 

 ルイーザが、悪漢エル・ガヨにうっとりしてしまうという

重要なシチュエーションもあるので、

えー、もしかしてLGBTQコンシャス?とか邪推(笑)もしたけれど、

それはなし。

でも、女優がエル・ガヨを演じる意味もなかった。

まあ、愛月のエル・ガヨ姿は、さすがカッコよかったけど。

 

 エル・ガヨがルイーザの涙を指にすくって、

「涙。この一しずくが世界を救う」というキザな台詞(宝田明版)は

「涙」の一言になっていて、そこは寂しかったかも。

もっとも、最近は「涙。この一粒で十分」とかシンプルな台詞の

上演版が多くなっていたっけ。

 

 なんだかんだと言ってるけれど、

やっぱり、このミュージカルはとびきり好きな作品だ。

また再演してほしいな。

 

11月14日’日)まで東京・日比谷のシアター・クリエ。