美的私道♡ -36ページ目

美的私道♡

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こんにちは✨妃十三です♡



寒い日に



なぜか来たくなる雪山🏔️



蓼科は今日も ー10度





凍りつく世界だけど❄️


いい知らせが入り



延期になった息子の手術が

ゴールデンウィークに決まって🎌


夫も毎日付き添えるし暖かいし

学校ないし色々良かったなーと改めて思い


祈願に行こうか!と向かったのは



お隣群馬県の観音山




さすが夏場は最も熱い県

10度以上ある!蓼科との落差20度w



わたしは浅草寺の観音様のお膝元で生まれ

いつも観音菩薩のご加護を感じているので


高崎の観音山なる地が気になっていて

いい機会なので来てみたら



車から降り立った瞬間

え、ここ…



ルルド!!⛪️



エネルギーがフランス🇫🇷の"ルルドの泉"⛲️



いや行ったことないんだけどw

聖母が洞窟に現れ病を治す泉には興味があり

昔よく魂だけ行ってたから



九州は五島列島などに宣教師が作った

ルルドを模した教会があったりするけど


ここは模して無いのにちゃんとルルドの波動w

不思議〜



きっと病が治るんだ〜、と

何も見る前から、来てよかった♪と

嬉しくなった



それを知ってか知らでか

洞窟観音なる400mに渡る洞窟内に

39体の観音様が祀られていて


菩薩大渋滞




これなんかほんとルルドの聖母に似てて


エネルギー無原罪の御宿りw

なんかありがたい




この洞窟は宗教施設ですらなく

芸術作品の展示ということだけど


仏像素晴らしくて





日本庭園や枯山水も綺麗だから




たぶん、秋とかにまた来てみたい場所





で、山の上にそびえる

あの観音菩薩は洞窟から車でちょっと登って

山頂の方に寺があり


い、いる((((;゚Д゚)‼︎デカッ


聖母

白衣大観音!




参道の土産屋さんには

沢山の小さな観音様たちが売られていて


それもまた

マリア像を売りまくるルルドっぽくてw



国の有形文化財

高崎大観音は41m


自由の女神よりちょっと大きめで




肩まで胎内を登っていける

自由の観音でもある🗽



確かに長野の村人からしたら

高崎はニューヨークw

シリコンバレー目指しているらしいが🇺🇸




観音様、どんだけデカイかというと


こんな




観音の指先から繋がる赤い糸と

下の方で自分の指を結んで良縁を祈り


かかとの入り口から胎内めぐりへ


中は九階まであり各階に色々な神仏が祀られ

人々が手を合わせながら

ゾロゾロザワザワと狭い階段を登ってゆく🙏



胎内に入ったとたん

わたしは現世的な何かが飛んでしまって

写真を一枚も撮ってなかった



てっぺんの空間で急に人々はどこへ消えたのか


家族以外誰もいない、音も無い

いつもの神秘の時空がやってきたから


そこに祀られていた

小さな身代わり観音に手を合わせつつ

ゆっくり瞑想した




すると


この大きな大きな存在の中身は

空洞


心も内臓も何にも入ってなくて


"空" クウであり



その時、最近ヨギの瞑想で

「私は体ではない、私は心ではない」

と唱えるのをずっとやっていたそれが


そのままスッと体得されて

わたしという存在の中身は


体も心もなくただ空っぽで


わたしの中には

肉が内臓が詰まっていて心が入っている

"人"である、それは幻想で


不調まるごと幻想で



わたしは"存在"である



空っぽゆえに

そこにエーテル、光、神気、愛

なんと呼んでもいいがそれが


わたしを満たしていて



神仏はただの筒

ということを体現させてもらい

  


馬鹿(頭カラッポ)が1番賢いと宇宙人が言うあれは

この状態なんだな…神仏と同じってこと



ああ有難い


わたしは空っぽでいいんだ


空っぽがいいんだ




身代わり観音に手を合わせ向かう心は

ただの空っぽ


願わずに感謝〜、でもなく

お役に立てますよう、でもなく

空っぽに共振して

己も空っぽ



浅草寺境内でこの世に生まれたわたしが

再び観音様の胎内から

産まれ落ちていた



産まれたての赤ん坊はみんな

空っぽで


怖れも欲もなく

ただ光満ちる存在





小窓から神州の山々を眺めて降りていき

慈眼院の本堂へ


そこはさすがにルルド

見たことないくらい大きな蝋燭に🕯️

「病気平癒」と書かれ

沢山火が灯されていたので


息子の名前と住所を書き火を灯そうとしたら



それを見ていたお坊さんが

「どなたの蝋燭ですか?どこがお悪い?」

と尋ねてこられ


あ、この子です👉🏼と息子を指し

心臓のほうが、と答えると


おそらくはお爺さんお婆さんの病の蝋燭しか

無さそうな中で、お坊さんは驚かれて



「何歳なのかな?明朝、本堂の中でご祈祷して

一日中、御前に灯しておいてあげますから、

こちらで預かっておきましょう。

明日になったら長野から群馬の方を向いて

一緒に手を合わせていて下さいね。」



わぁ♡ありがとうございます〜!と喜び

帰ろうとすると



ちょっとまって!と呼び止められて

お坊さんが息子にお菓子を持って来てくれて

頑張って、と


そして私にもチョコレートをくれて

お母さんこそ辛かろう、という

慈悲の心が暖かく伝わってきて


まことに有り難く🙏



ウチの場合、辛い次元の人は

実はお父さんなんですよ…と思いつつ

チラっと夫を見たら涙を溜めててw(T ^ T)



思えば蝋燭代の五百円しか払ってないのに

ご祈祷からお土産までのお心遣い

それこそ菩薩のお慈悲



やはりそういうことが起こるのが

本物の聖地




帰り道

遠ざかってもなお

こちらを見守っている観音様に





またねー👋🏼と手を振り

デカかったねぇ、とわたしが言うと


でもママに似てるよねw

うん、デカイママw


と夫と息子がケラケラ笑っていて( ̄ー ̄)



えぇ、下ぶくれですよ、半目ですよ

菩薩けっこう💨ありがたいわ




人が神仏を信じ仰ぐとき

その力を借りることで


次は自分が菩薩となりかわり

人の力になってゆきますと


その無欠の人格を志し

清浄な身魂となってゆく過程



まずは見た目からっていうことでw





そののち


空っぽのわたしに

大いなるエネルギーが満ちてきて


わたしを形作っている分厚い外皮の殻が

膜のように極薄になったと感じた



光が漏れる(後光が差す)という状態は

自分を形作る殻、外皮が薄くなってゆく

ということだな、と思い



その殻を自分とよび

ワレとよび自我とよび


その厚みが薄くなればなるほど

物質的に軽くなる感覚がし



すべてとの境界が薄れてゆく



聖母が洞窟に現れたり

観音菩薩が大抵は

秘仏として本堂に閉じこもり見れないのも



境界が、膜がぜんぜん無いに等しいから

エネルギーの境界を護るために

この世では分厚い層の内部にいる必要が

あったのだな、となんか分かった





内にみっちり詰まった自我で

あちこち不調だったり


分厚い仮面になってガチガチの鎧になって

神聖な力を失い重くなっている方は


空っぽになりリボーンする胎内めぐり

いかがでしょう♡



空になり

存在そのものとなり


内を満たす

純粋な意識と完全調和する



それは無条件の


愛そのもの




ありがとうございました♡




永遠無限の愛を…✨