うちの家にはなんか、おる。
昔からそうやった。守口の大きい家ん時も、引越しするたびに家が小さなるんと反比例してお父ちゃんの酒量がふえてって、逃げ出すように下宿した大学の近くの家にも、今住んでるこれまた越してきた新しい家にも、なんか、おるんやった。
特に、小さい頃はもっとわかったんやけど、今は家がほんまにがらんとしてる時にやないとわからへん。
守口んときは、お手伝いさんとお母ちゃんが入れ違うとき、居間におったらしらんおっちゃんがぼうっとつったっとって不思議に思ったのを覚えてる。そのおっちゃんは別に怖いこと無くてただそこにおるんやった。たまに勝手にうちのお菓子を戸棚から盗もうとして、怒ったらごめんごめんってな感じで手をひらひらさせてどっかいくんやった。お姉におかし食べられそうになるって相談したら、お姉はおっちゃんはしらんけど、おばあちゃんがにこにここっち見てるわー、ってよう言うてたなぁ。おばあちゃんは、お姉にお菓子なにが好きや、言うて聞いてくるけど、それをくれたことはなかったって、お姉が怒っとった。
そのあとすぐ越した家は新しいわりに日当たりが悪くて、なんか居心地が悪かったんを覚えてる。そん時は二階やって、下着泥棒がよく隣の部屋のお姉さんのブラジャーを盗んどった。一回うちがおるんを知らん泥棒がうちんちの洗濯物を物色していたのをこっそり見つけた事があった。お母ちゃんのおっきいパンツを見るなりなんやここはおっさんばっかりかいな!言うてどっかいったんやった。お母ちゃんにそれ言うたら、もう雑巾にできるくらいやから持って帰ってもろてもかめへんのに!って言って取り込んだパンツを持って風呂に入ってったから、お母ちゃんのパンツは雑巾なんやなって思った。あとから聞いたけど隣の部屋にはおっさんしかおらんかったらしいから、街におるおっさんはピンクのブラジャーしてるもんやとばっかり思って、当時担任やった先生に、今日はブラジャーしてないん?って聞いてもうて、職員室に連れて行かれた事も思い出した。
そのあと高校出るまでに2•3回引越しした。その期間、どの家やったかおぼろげやけど、雨の日に何度か、外の公衆電話で髪の長い女の人が電話してるんを見かける事があった。話し声が聞こえるんやけど、何言うてるかまではわからへんくて、5・6m、あるいはそれ以上離れてるのにいっつもぼそぼそ、ぼそぼそ、なんや言うてるなあ、と気になる。
ある雨の夜、いつものそれが始まったから、牛乳をのみながらカーテンの隙間から覗いてみると、一瞬女の人が振り向いたように見えて慌ててその場を離れようと立ち上がった。そのタイミングで玄関のチャイムが鳴ったから、まあ、しゃあないな、ということで通話を押すと、雨の音が大きい音で聞こえて来て、部屋の中が水で溢れ返ったみたいでびっくりしたことがあった。今よう考えたら、ぼそぼそ聞こえてたんはベランダの葉っぱに水しぶきが当たっただけやったん違うかな。
酒乱と化する父親の暴力に逃げるように母親と住み出した大学の近所のアパートは、母親が別の男と暮らし出した頃、入れ替わるタイミングでそん時の彼氏と住み始めた。アルバイト先で知り合うた二個上のその人は、おんなじ大学の経営学部の人で、もう二浪してあとが無いっていう割にバイト先のスーパーで主任になっていた。あまりに夢中で仕事をするから、バイト先と大学やったら、とりあえず大学行った方がええんと違うのって心配半分お節介半分で言ってみた。そしたらその人は、うちが学生やからそんなん思うんや、入って来んといてんか、言うてものすごい怒らはった。そん時は仕事って、大変なんやなぁ思ってそれからなんもいわんくなったけど、別になんも大変やなくて、大変なんは女と同棲してるともしらんと律儀に二浪の息子に仕送りしてくるその人の親の事やろう。仕送りも何もないうちにはピンと来ん話やったけど。
その後卒業してしばらく就職先の工務店もそっから通った。スーパーの人はパートのおばちゃんに喰われたからそのままどうぞ、どうぞと差し上げてやった。
工務店で事務しながら夜はクラブで水割りをかき混ぜおじさんたちの子育てしなかった自慢や昔はもてとったとかいう初めて聞くグリム童話を聴きながら500万貯めた。
もうちょっという時に、やっと同い年の彼氏が出来て、大学生らしく昼にデートをたくさんするようになった。
その彼氏は実家住まいでうちのアパートには絶対泊まらへん人やったから、帰った後の寂しさで気が狂いそうになった。そん時もまた誰かふっとやってきて、駆け足で去ってゆくんやった。トントントン、と軽い感じでかけて行くのに、とどまる時があったから、お茶を入れるついでにその子の分も入れてやったら、しばらくおって気が済んだんかして消えて流れていかはった。うちはぼんやりあれ、コーヒーのほうが良かったんかして、なんて思ったり、寂しいのんも悪くないんかもなって初めて思えたんやった。
それからその人と結婚して今の家に落ち着いた。もう誰かわからん存在にお茶を出したりすることは無いねんけど、西日がさすリビングの角の小さい和室コーナーに、特に日曜はまたなんか来てくれてはって、くつろいでるみたいやった。
誰かはまたわからんのやけど、二人組かが穏やかに話してはるんをうちは眺めたり知らんぷりしたりして夜がやってくるんを待つんやった。うちは結構、今そのとくとくと過ぎたり戻ったりする、西日の時間が一番好きやねん。今までこんなうっとりと過ごしたことってなかったなぁと、これまでの寂しい気持ちをぎゅっとして、ぼんやり遠く、思うんやった。