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窓を開けると芝生を抜ける青い匂いのする風が吹いた。ショーンはアトリエにそそぐ朝日を見ているのが好きだった。窓際に置かれたガラス瓶や陶器の花瓶に光が
反射している。
ノックの音がした。
「ショーン、ちょっといい?時間はとらせない」
マットだ。同じ油絵科の学生で、ここのところよく話すようになった。
「今来たところだよマット、扉は開いてる。」
ショーンは振り向いてできるだけ落ち着いて言った。
マットは踵をコツコツと軽く鳴らしアトリエをゆっくりショーンの方へ進む。
「ねえショーン、いいかい?僕は気づいたんだ。
自分のことしか書けないのは素人のすることだって。創造物っていうのは作り手の
意志をもって筋書きがあることをいう。つまり、AをそのままAと伝えてもそれは
報道しているだけで作品ではないんだよ。」
ショーンは突然の事で面食らった。
あのマットがわたしに話してくれているというのに!
「作品には作り手の意志があるとしても、それを受け取るのは見た人でしょう?
そこまで管理されたものはわたしは窮屈に思えるんだよ。君の言わんとすることは
分かるけども、君がわたしの作品を見て言ったならわたしは例外なく傷ついてる。
わたしの書いたものは明らかにわたしそのものだからだ。」
ショーンはマットの顔をまっすぐみて伝えた。怒っているわけでも悲しいわけでも
なかった。ただ、そのまま、思ったことを伝えた。
「おお、、マット。傷つけたかった訳じゃないんだ。僕は僕なりに表現について
考えたんだ。きっかけはどうでも、作品が完成した時点でそれは
受け取る側のものになる。その時点で作り手は作品に対する責任から
逃れられる訳ではないのに。」
「つまり君は作品と製作者と受け取る側との関係性が明らかだと言いたい?」
「そう、それは紛れもなく明白な事実として存在する。そしてそれらは独立したまま決して交わらないんだ。それぞれの思いはそれぞれの思いとしてただそこにあるだけ。そんな事を君の作品から感じたんだ。」
「なんだかよくわからないけど、君に何かをもたらせたのなら、
わたしはわたしの作品とわたし自身をとても誇りに思うよ。
誤解を恐れず伝えてくれた事を感謝する。」
するとマットはハッとした様子で時計を見ると慌てたように言った。
「おっと、ショーン、悪いが行かなくちゃ、クラスの前に先生に質問があったんだ!話を聞いてくれてありがとう。こちらこそ、感謝してる!また午後に!」
そう言ってマットは廊下に飛び出して行った。
ショーンはアトリエで再びひとりきりになった。
大気が乾いている五月の太陽は、真夏とは違う色をしている。
街中の木々は新芽のイエローグリーンをまとって薄い葉を揺らす。
それに、湿気の少ない短い期間、昼間の穏やかな陽気と冷たい風がなんとなく寂しいところがいい。
真夏はもう息をしているだけで立派みたいに錯覚してしまって、よくない。
つい、疑う事を忘れてしまって、うっかり夏季限定の恋人なんか、作ってしまう。
海に入るころの私たちは、おそらくほかのどの季節よりもよく笑う。
夏の仲間の集まりも発散を目的としているから、よく繋がる。
長く続いた冬の終わりや絶望的な春の夜などに、
いつも決まって真夏の太陽光線が恋しくなってしまうのは、きっとその『残像』のせいだ。
そして太陽は季節で顔を変えたりしない。
変化があるのはいつだって、私たちのコンディションや体重や気分なのであって、
決して太陽は自由に形を変えられる訳ではない。
それなのに五月の太陽は、「七月の太陽」の影も無いが「七月の太陽」には冬の寒空を思い起こす。
なぜだろう。
寒さと暑さの反する感覚が、今の実感をより濃いものにするから、
何度となく時間と季節を行き来して、それらは離れ離れになりにくい。
時間にも不思議なところがあって、
夜と朝の時間に、どちらも長短が無いはずなのに、長い夜は冬でも夏でも重たくって疎ましい。
(夏のほうが、夜は短いのに、だるさの密度はまるで同じなのにも呆れてしまう。)
夜には朝を思うが、朝に夜を忘れるように実体験はいつも軽く時間を飲み込んで、
太陽の示す季節感だけが私たちに向かって、いつも圧倒的な立ち位置を留める。
五月の太陽はいつも新しくそんな事を思わせる。