ひきこもりの当事者の活動が、それぞれの方が実践して
引き出し屋の問題や支援に関わる人たちの専門活動に一石を投じていると思います。
引き出すことや病識がない方へのアプローチは繊細な部分があり
慎重に考えなければならないと思います。
引き出すことに関した報道や本人の問題を、
家族が困っている、親が困っていると
報道はされている感じがして、とても嫌な気持ちになります。
「引出し屋」と聞くだけでも嫌悪感持つ感じですね。
当事者の方が、自分の思いを発現できる環境がもっとあればと思います。
ただその中で、当事者活動が最近になり、専門職の活動のようになっている気がします。
ピア活動はとても大切な部分・・・。なはず、なのに
専門的活動のような情報になっていて、結局
その方たちの活動が実績となり、またその活動に疑問を持つ人で別の活動をしていく・・・。
なにか、変な気持ちになります。
そもそも、ひきこもりは、心のモヤモヤを整理して、少しずつ社会にふれ、再起動していくきっかけ作りだと思います。
いずれ、社会の中で、どう生きていくか?を自分で決めていくこと、自分の責任において、自分の活動をしていくこと
等、社会生活をする上で、自分の生活を自分でする(賃金や年金など収入を得ること)など、社会にもやもやしながらでも
戻っていくきっかけの活動だとは思うのですが、
ひきこもりの当事者活動に関して、専門化していく現状に対して、疑問を持ちます。