「キャリアアップ」という言葉には意味がない


 人材を育成したり活用したりする上で、ぜひとも持っておきたいのが、キャリアデザインに関する基礎知識です。社員個人のキャリアを支援しながら、育成や活用を行なうことで、より共感性の高いマネジメントが実現でき、成果も上がりやすくなるからです。


 「キャリア」という言葉は日常的に使われるようになりましたが、かなり誤って使われているケースがあります。代表的な誤りが「キャリアアップ」という言葉です。


 キャリアという言葉の意味は、2つあります。



 1つは「職業の履歴」という意味で、職務経歴書にテキストで書けるようなものです。これをキャリアの客観的側面といいます。


 もう1つは「仕事に対する自己概念で、これは仕事世界で、自分の仕事の役割や領域をどう定義付けるかです。これをキャリアの主観的側面といいます。


 どちらもUPとかDOWNというように外側から価値観を与えられるものではなく、あくまで個人の能力や価値観に照らし合わせて、良い悪いが決まるものなのです。そのため、キャリアアップという言葉が(キャリア研究は主に心理学の領域で行なわれています)使われることはありません。


 キャリアをいつデザインするかといえば、それは仕事の節目(トランジション)のときです。「毎日キャリアのことを考えている」というのはあまりにも不自然で、大事な転換期を迎えたときに、じっくり考えるものだ、ということです。

 節目とは、個人によって異なる部分があります。転職や独立、異動とか転勤、または親の介護や他界、自分や配偶者の病気や出産なども、節目となるでしょう。また年齢段階によって、多くの人が同時に節目を迎える部分もあります。例えば、大学生が就職するとき。ミドル期の昇進時期。定年退職時などです。


 この節目のところでうまくキャリアをデザインできれば、納得感のある、幸福なキャリアを送れるわけです。


新卒時に「自分探し」で安易な道を選ぶのが「間違い」な理由


 多くの人にとって最初の節目である就職のときに、以前にも紹介した(組織心理学者シャインによる)「3つの問い」が始まります。「自分は他人より何が得意なんだろうか」「自分はいったい何がしたいのか」「自分が仕事で価値を感じるのは、どのようなことか」という、自分自身への問い掛けです。


 ところが、この問い掛けの答えは容易には出てきません。それはそうでしょう。まだ働いた経験がないのですから。そこで大きな方向感覚だけを決めて、「とりあえず働く」わけです。


 中には、問いの答えが見つからないことから、フリーターなどの道を選んだり、問題先送り型で大学院などに進学する人もいます。しかし、これは「自分探しの隘路」に入っていると言わねばなりません。3つの問いの答えは、密接にアイデンティティーと関わっています。だから自分とは「探すもの」ではなく「作るもの」なのです。


 安易な道を選んでしまえば、貴重な経験を積む機会が得られず、かえって答えを見つけるための時間が掛かってしまうことになります。


 このことを理解した学生たちのほうは、「答えは時間を掛けて探すもの」と納得した上で、とりあえず自分の大きな方向感覚に合った会社で、自分が成長できそうな会社を選択します。


企業が支援すべきは、まずは仕事の「基礎力」向上


 アメリカの心理学者クルンボルツが提唱するように、キャリアはかなりの部分を偶然性によって支配されています。いくら精緻にキャリアをデザインしたところで、どのような仕事に配属されるか分かりませんし、またどのような人事異動があるかも分かりません。しかも、仕事経験が浅い段階では、1つの出会い(仕事でも、人でも)があると、いとも簡単に志向が変わってしまったりもします。


 ですから、まだ若い段階でのキャリアについては、個人の主体性や自律性を重視するというより、会社側が責任を持って「良かれと思う仕事経験を積ませてあげる」ことが重要です。


 今現在担当している仕事が、個人の長期的な専門性、プロのへ道になるかもしれないし、そうならないかもしれません。だから、その分野の専門知識を覚えさせる以上に、どの仕事にも必要な「基礎力」を身に付けさせる支援が、大事になってきます。


 働く個人に企業が提供してあげられる最大のものは、どこの会社に行っても評価され雇ってもらえるような「能力」(エンプロイヤビリティーといいます)を身に付ける機会を与えることです。仮にいつの日か離職することがあっても、当社で働いていた時間がその人にとって大事な時間であったと思ってもらえるようにすることが、企業発展につながるといってもいいでしょう。


 やがて、「3つの問い」に答えを出すときがやってきます。それまでのジョブローテーションで得た経験や出会いを元にして、意思決定するのです。多くの個人は30代にその意思決定をするようです


 ――自分の強みは○○である。これならちょっとやそっとでは負けやしない。しかも、この仕事をやっていると面白さを感じるし、ときには時間を忘れて没頭することもある。自分のもっとも大事な仕事人生の時間を掛けてやる価値がある仕事だと思う。


 というような意識が生まれ、1つの領域にキャリアが統合されてゆくのです。


 その感覚は、まさしく「山登り」です。1つの道を選び、他の道を捨て、すべてのエネルギーをそこに集約して賭ける。その選択と集中の結果、「プロ」が生まれるわけです。


「プロになり切れない」人への支援を、どのように手掛けるべきか



 企業の利益を生み出すのは、ビジネスモデルやシステムなどの「仕組み」と、仕組みだけではカバーできない、製品やサービスの質を担保する「プロ」の存在です。プロへの道を歩むべく、適切にキャリア支援を行なってきた企業だけが、その「プロ」という無形資産を手に入れられるのです。


 「プロの道」への選択を、いつまでもできない人がいます。長期にわたってノンプロ状態を続けていれば、いずれは「キャリア漂流」状態に入ってしまいます。そうすると残された職業人生(現在ではなかなか経済的にハッピーリタイヤは難しいので)をどのように過ごしてゆけばいいか、途方に暮れてしまうかもしれません。何をもって自分の存在価値としたらよいのか、分からなくなってしまうのです。


 キャリア支援で難しいのは、このような「プロになり切れない」人の支援です。プロになってしまった人は自信に満ちあふれ、自らのキャリア展望を語るでしょうが、そうでない人は、会社が考えてくれるのをいつまでも待っているでしょう。その人たちに、キャリアデザイン研修などを通じて、なんとか展望を見出してほしいと考えます。

 しかし、キャリアとは大きな時間の流れによるものです。若い頃から今まで過ごした時間が「活き活きとしたもの」であるから今後の展望が見出せるのであって、そうでなければ、一朝一夕に今後のビジョンが見出せるわけはありません。


 キャリア支援とは、若い世代に対して会社が責任を持って育てるということと、ある程度の経験段階から徐々に突き放して自律させることのバランスが大事なのです。その体系を持っている会社はまだまだ少ないでしょうが、マネジメントを担当する人がキャリアデザインの基礎知識を持っていれば、日々のマネジメントで実践することができるでしょう。


(2008年12月10日 ITマネージメント



【HITO-YAのHITO-KOTO】


要約するとキャリアアップ=給与、社会的地位の向上ではなく、

自分が求める姿にどれだけ近付けるかということ。


キャリアとは他人が評価するのではなく、

自分の職務経歴であり、それを評価するのは自分自身であるとういうこと。


私も理屈は分かっていましたが、

こうやって論理付けて書かれるとハッとする部分もありました。


特に偶然に左右される、という部分はとても新鮮に感じられましたし、

自分自身の経験を振り返ってみると確かに偶然が転機になっていることに気付きます。


倒産、結婚、両親の病気、それぞれで仕事の転機があり、

ただの法人向け少額商品の営業マンが気がつけばサービス業の経営に携わっています。


キャリアとは偶然に左右されますが、

そこでどれだけ努力するか、実績を残すか、それが自分自身で納得できるか。

これがキャリアだとすれば誰にでも俗に言ううキャリアアップの可能性はあるということですね。



ビジネスに使えるサービスが満載!
総合ビジネスマッチングサイト「フィデリ」


ジェイナインコンサルタンツ セミナー


現実は“心”をそのまま投射した映像である
「本当の自分へ還る旅」テイクオフコース




キャリアの教科書/佐々木 直彦
¥1,680
Amazon.co.jp