フリーチベット続き・・
ペナンへ戻ってから、ネットを見ると「馬鹿」呼ばわりが多かった。
多くの友人からは、子供をあんな所に連れて行って・・と批判された。
それでも、近くのカレー屋さんで食事をしていた時、中華系マレーシア人大学生が寄ってきて「テレビで見て、大学の講座でディスカッションをしました。あなたたちの勇気は素晴らしいと思います」とだけ言い去っていった。
またその週末、代々木公園でアースデイというイベントが開催され、フリチベブースで売っていたチベットの旗が完売だった。
もしかして、テレビで見た何人かが何かに気付き、または興味を持ってくれたのかもしれない。
そして、1週間後に長野で開かれた聖火リレーではフリチベ隊が私たちの思いを背負い(?)、同じ屈辱を味わった。
また、台湾在住のチベット人が逮捕される事件も起こってしまったが、彼が「マレーシアで自分達のために戦ってくれた日本人を見て日本に来る決意をした」とコメントをしていて泣いた。一人の心に火をつけたことは間違いないけど、彼は逮捕されてしまったので申し訳ない気持ちでいっぱいだった。けれど、彼のそんな行動によりまた、無関心の日本人が気付いたことも事実だと思う。
そんな事件が起きるたび、普通なら「なんでだ?」と思いそうなもの。
だけど、メディアが言うままを信じ、友人の言葉でさえも聴こうとしない人がなんと多いことか。
無関心がどんな事態を引き起こすか、恐ろしかった。今の日本を見ても良く分る。
私は、フリチベ事件後、友達のそんな態度が信じられず一人で強がっていた。
会社と幼稚園など外出は最制限に押さえ、家で過ごす時間が増えた。毎日何度も瞑想をして気持ちを落ち着かせようとした。
あれから2年、ラサの状況は未だ改善されていない。
また先週起きた大地震でチベット地区は混乱している。
もちろんいいニュースも悪いニュースも耳にする。
でも、それを理解するのは自分の心次第。
怒りも憎みも同情心も喜びも自分次第。
私は事件後ずっと中国が憎くて悲しくてたまらなかった。
なぜならチベット側の報道しか受け入れていなかったから。
中国全国民がクアラルンプールで私たちをたたいたわけではない、チベット人を虐殺をしているのもほんの一部だ。
やはりメディアに踊らされてはいけないことに気付いたその時から、ニュースを読むのをやめ、ただひたすら祈った。
聖火リレー当日、暴力を持って非暴力の大切さに気付いたから。
ダライラマがあんなにも非暴力を強調している意味が一瞬にして分ったのだ。
憎しみに憎しみを持っても平和は訪れない。
だから私は祈りをやめないと誓った。
この命で平和が来なくても、次の命でまた祈る。
自分の祈りなんてちっぽけだけど、祈ってそう信じていればきっと平和が来る。
そして戦争などで悲しい思いをしている子供がいるのはチベットだけじゃない。
未来の地球の子供たちのために何が出来るか、大人が手をとって一緒に考える時代のはずなのに。
私は信じる、もう一人じゃないことを知っているから。
チベットがあったから自分が強くなれた。
だから、あえて「フリーチベット!」