乙一ブゥムです。

寂しさの周波数の中に入っている、未来予報を読みました。

これで、自分が何故乙一の書くものにこんなにものめりこむのかを、理解できました。


共感できるんです。

主人公やキャラクターたちの生き方。

未来予報の主人公は、やりたいこともなく、就職も決まらず、学校に行かずにフリーターをしている男の子でした。彼は、フリーターという底辺の位置に悩み苦しみます。

バイトを失ったときの、やるせなさ。フリーターというただでさえぎりぎりの位置か転落し、ライトのない、星もつきも出ていない闇夜を歩くような不安、これからどうなるのだろう、無事家に帰ることができるのだろうか。というものに似た、近い未来遠い未来に対する不安。

自分は女なので比較的その意識は薄いのかもしれませんが、良識をもった男性ならばそれに対してものすごく苦しむのだろうなと思うと、バイトを探している最中、うっそうとしていた自分を思い出してなんともいたたまれないきもちになるのです。


しかし、未来予報は切なくもあり、青くもあり、なんだか心地よい話でした。

未来はひとつではない。

そうなんですよね(熱)。

行動ひとつで、全てが変わるんですよ。おもしろいことに、未来というのは偶然が重なって導かれるものなんです。

極端な例で言えば、自分の父親と母親が出会っていなければ、自分という存在はなかったわけです。彼らは、私たちを作ることを意図して、頑張って出会ったのではありません。偶然出逢って、恋に堕ちてまあエトセトラ(中略)。その結果として自分がいるのだから、自分が存在しているこの現在というのは、両親が偶然を重ねた結果に訪れた未来、つまり自分は、偶然が終結して今ここに存在しているということなんです(熱)


何か語っちゃって暑苦しい奴になってますが(笑)

乙一の小説は、いろんなことを考えさせてくれます。

情景を頭に浮かべるのが、たやすいことといったらありません。(注:賛辞の言葉です)


暇なときに、是非読んでいただきたい。


描いたことすら忘れていた絵(笑)

青い春、という響きがすきなのです。

青い春という映画は、見たことがありません。近いうちにみたいなとは思ってますが。


今のところ、映画はNANAとタッチが見たいです。