「え?」


滴ってきたのは、狼男の血。


視界の中には、傷を押さえる狼男と、刃物を持った青年。


・・・状況がつかめません。


「てめえ!」


狼男が叫んで猛る。

そのまま、青年に跳びかかった。



一閃。



青年は狼男を物ともせず、一刀の下に切って伏せた。


「あ、あ・・・」


血だ。

狼の血だ。

ううん、彼は人間だった。

少なくとも公園までは。

でもわたしを襲おうとしたときは狼で。

今この人が切ったのも狼男で。


血だ。

狼の血だ。

真っ赤だ。

すっごい赤い、きれいじゃない赤だ。

赤い

あかい

アカイ

・・・


「おいコラ」


え?


「聞こえてるか、女」


だれ?


「こっち見ろ」


パシン。


痛い。


あ、ほっぺた叩かれた。


見ると、刃物を持った青年がわたしの前にしゃがみこんでいた。


「えっと・・・」


この人って人殺しだよね?

叫んで逃げるべき?

でも助けてくれたし、

殺したのって狼男だよね?

罪になるの?

っていうか狼男って何でいるの?


「・・・どちらさまですか?」


「・・・・・・」


あ、あきれた顔した。

他の顔知らないけどたぶんそうだ。


「バカかお前は!」


青年は、いきなりわたしを罵倒した。


「襲われたのが昨日の今日で、何で一人で夜道を歩ける!?挙句に2日連続で襲われやがって!」


え?私のこと?


「だいたい『どちらさまですか?』じゃねえよ!こっちのセリフだ!どこのバカだてめえは!」


「・・・あの、ちょっと待ってください」


「あ!?」


「あ、あの、状況が今一つつかめないので説明してほしいんです。」


「昨日お前が襲われた!俺が助けた!そしたら今日も襲われてた!また助けた!以上!」


「昨日も襲われたんですか?あ、もしかして公園にわたし放置したのあなたですか?」


「・・・覚えてないのか、お前?」


「・・・いまいち」


「・・・・・・」


「あの・・・」


「もういい」


「え?」


「今日のところは送ってってやるから、明日からは一人で夜出歩くな。いいな?」


「あ、はい、すみません」


「道案内しろ」


・・・あいかわらず状況がつかめない。

「わたし、何されるんですか?」


とりあえず聞いてみる。


もしかしたらお話だけかも!


・・・時間稼ぎくらいにはなるかなあ。


「何がいい?」


ニヤニヤしながら切り返してくる。


うわあ、わたし、この人嫌い。


「まあ、お前が考えてるほど悪いことじゃねえよ」


男はこっちに向き直る。


「俺に喰われて終わり。一瞬だ」


言って、


男はこちらに近づいてくる。


「ひっ・・・!」


変な声を出したのは、近づいてくる恐怖にではなく、

男の口が、見る見る内に裂けていったから。


犬歯は伸びて牙になり、

気づけば、男の表皮は獣のような毛で覆われている。


そう、獣だ。

彼は人間の姿をしていない。


「動くなよ」


男が跳びかかる。

わたしはとっさに両手で頭をかばった。


「きゃああ!!」


終わった。


私死んだ。


狼男に食べられるなんて、わたしまるで赤頭巾ちゃん。


あ、それは可愛いかも。


ん?でも痛くない。


ふと顔を上げる。


顔に、血が滴ってきた。

・・・

遅くなってしまった。

今日は早く帰ると誓いを立てたくせに結局暗くなっている。

だって大好きな作家さんの新作が入荷してたんだもん。

いや、それがわかってて本屋さんに行ったわけなんだけど。

とにかく早く帰ろう。急いで急いで。

暗いときに振り返るのは怖いけど、私は振り返った後にもう一度前を向くときの方が怖い。

だって、誰かいたときのびっくり度合はこっちのが高いでしょ?

くだらないことを考えている間に、公園にさしかかる。

昨日の帰り道、記憶があるのはここまでだ。

気をつけて帰ろう。不審者とか、いるかもしれない。

ガサッ

「え?」

振り向く

誰もいない

「何よ・・・」

向き直る

ドンッ

「っ!?」

男がそこに立っていた。

「きゃあ!」

「黙ってろ!」

まずい、連れてかれる。

「放して!」

「うるせえよ!」

手を振り払・・・えない。力が強すぎる。

叫ぶ、

喚く、

抵抗むなしく、

私は路地裏に連れ込まれた。

「手こずらせやがって・・・」

言いながら、男は汗一つかいていない。

まるで、こちらの抵抗さえ楽しんでいたかのよう。

・・・これまずくない?

わたし、お嫁にいけなくなっちゃう?

正直、軽い現実逃避以外に逃げ道はなさそうだ。

お父さんお母さんごめんなさい。

わたし、思ったより早くそっちに行くことになるかもです。