この記事において想定している読者層とは、
「正確」と「精確」の区別がつく人であるともいえるし、
「エロ」と「R18」の区別がつく人であるともいえる。
まあ最低限度、それらが異なるものなんだろうなと想像だけはつく人であっていただく。
何の違いがあるんだ、どうでもいいだろと思ってしまう人は、
今すぐお帰り願おう。
あなたのために提示する情報ないし可能性ではないからだ。
さて。
少なくとも僕は、
公立学校の授業で「音楽」をなくすべきかと言われたら、
命を賭けてでもNoと断言する立場をとっている。
音楽の重要性はそれだけ不可欠なことであり、
人生を豊かにする大いなる可能性を秘めた文化ないし技術であって、
誰もがそれに触れる機会が0か1以上かという差は永久に埋められないと思っている。
いっぽうで、かつて日本の家庭科の授業はアメリカから輸入されたものだが、
現代のアメリカ人の9割以上とさえ言われるほぼ全員が、
家庭科の授業など一切受けず、針と糸を持つこともないまま大人になるそうだ。
日本人なら男でも針と糸を持ってボタンを縫いつける程度のことは必ずやるから、
大人になってもボタンくらい縫えるという男性は非常に多い。
しかし一般的な欧米諸国においては、自力でボタンを縫えたらプロフェッショナル扱いである。
まあ要するに、
人生において学校教育の有無のために機会がゼロになるかゼロではないかという、
ほぼ意味のないごくわずかな違いであっても、数万人規模で集めたら厳然たる差になる。
日本の学校教育における水泳の授業ですらやらない学校が増えているというが、
そもそも水泳の授業が事実上の必修化された最大の要因は、
100名の子供を含む乗員が溺死したという紫雲丸沈没事故に由来している。
無論たかが学校の水泳程度では、
実際に着衣水泳ができるほどの泳力養成ということにはならないし、
なまじ泳力のある人ほど溺死しやすいというのも有名な話である。
それでも北海道や東北のような寒冷地で水泳の授業が困難だというならまだしも、
オリンピックのメダルも目指せるような水泳大国であれている可能性を摘み取るがごとき、
水泳不要論にも、僕は絶対にNoを突きつける所存ではある。
まあ何が言いたいかっていうと、
僕は「必要性を広い視野でもって考慮する」というクソみてェな綺麗事を、
大真面目にやらされ続けてきた側の人種だ、ということだ。
なので軽々に不要だとは言わない。
少なくともただ不要だという程度であるなら、あえて削るべきだとは思っていない。
少なくとも僕にとって、あえてわざわざ削るべきものがあるとすれば、
それが明確に有害・邪魔・迷惑であり実害を生じている場合に限定される。
個人的には認定試験に落ちる次元のバカに参政権は要らないとは思っているけど、
じゃあ選民思想を徹底すべきかといえばNoだ。
少なくとも僕は、
「少なくとも」という表現をあえて使う程度には、
公私混同をしないように気を付けることが、当たり前のようにできているはずの人種だ。
僕と同じ高学歴側の人種、エリート候補、およびその階級にいた連中は、
そうでない奴も普通にいたから、あえてわざわざこの表現を用いているにすぎない。
僕は違うぞと。
何かを切り捨てるときは、切り捨てた相手に呪い殺される覚悟でもってやっているぞと。
そんな無駄な良心を残そうと努力できる誠実な人間ほど、
強くて優しくても、ストレスと過労で真っ先に潰されるんだぞ、ともあえて言うけれど。
心が強い人しか鬱病になれない
=心が弱い奴はすぐ逃げるからストレスで心身を壊「せ」ない、
というのと同じ理屈だな。
なんでそんな執拗な前置きをするかって?
それだけセンシティブな話題だからさ。
「不要だと切り捨てていいかというなら原則的にNoと言う派」である僕は、
じゃあ音楽は価値のある文化、
ないし商業コンテンツ、娯楽コンテンツなのかといえば、Noだと断言をする。
より正しく言うなら、
音楽そのものには善悪がないのだが、
それを愛好する人種には、明確にして露骨なほど、悪に偏る傾向が見られる。
僕自身はガッチガチの古典音楽=クラシック畑から音楽を最初に学んだ人種であり、
吐いて捨てる(not誤字)ほど教養だのウンチクだのも叩き込まれたけれども、
あの界隈ですらクソみてェな権威主義と選民思想が蔓延っていて大嫌いだ。
クラシックに非ずば音楽に非ず、俗物どもはコレの素晴らしさがわからない、
みたいなことを大真面目に抜かすからな・・・
単純な一人の能力水準として、
コイツの頭ん中に何詰まってんだろうとビビって興味が湧いたのはモーツァルトだけであり、
ショパンだのベートーベンだのと並べられても、ぶっちゃけ僕は全く興味がない。
だからクラシック畑の音楽人としては、
モーツァルトを褒めてるだなんて安くて無教養な野郎だとバカにされる可能性が極めて高い。
僕が見てるのは音楽や譜面ではなく、
それを生み出した脳に詰まっているものが、
どんな順序と秩序で生成されたか、という・・・
俗な意味でいう大脳生理学(笑)とでもいうべき側面を見ているだけなのさ。
音楽としての品質や好みや是非の話なんか一切していない。
何やったらアレを生み出せるのかが知りたいだけだ。
でも、ねえ・・・
そういった個人の性質としてモーツァルトが好きですと言ってるだけなのに、
間違いなく「他の音楽家の名前を知らないだけだろw」って言われる。
というかたぶん、これを読んでる人ですらそう思ってるだろう。
わざわざ説明したって誤解しか受けない。
その界隈の超有名人ということでシェイクスピアと比較するなら、
「シェイクスピア英語」は未だに現役なものすら存在するものの、
「モーツァルト音楽」ほど普及しているものではありえない。
あいつのヤベェ点は、
「なんかよさげなもの思いついたら、だいたい全部あいつがやってた」。
数学でいうガウスみたいなヤツ。
僕より先に生まれたくらいで天才名乗りやがってとよくムカついてはいたが、
最終的に「その発想はなかったわ・・・」と素直に認めることになった。
なので僕の中では、
やべー度でいうならガウス>モーツァルト>シェイクスピア(>ダ・ヴィンチ)になる。
何やったらそういう人間になれるのかに
興味があるだけで、
音楽性だの何だのの話はしていない!
お前これあと何回言わせんだボケが
ブッ殺すぞと殺意が湧くほどしつこく言っても、
お前は音楽をわかってない(ニチャァ・・・ を
わざわざしにくる。
死にさらせボケが!
まあ、うん。
で、何を申しますかと。
あなたがAというジャンルの音楽を、熱量100で楽しんでいるとして。
僕はそれを尊重するし、できることなら理解も示そうとする。
そのような表現もあるのかと。
僕にはできなかったことであれば、その技能自体は絶対に尊敬せざるを得ない。
だが、だからといって、
ジャンルAの音楽を絶賛しろ、全てを肯定しろ、
その表現・創作を実現した人の価値観や生き方の全てを賞賛しろと言われても、絶対に断る。
僕が敬意を示すのは「技能」と「他者の個性」であって、
「特定個人」ではないし、
「優れた能力を有する個人」の「優れているという保証も確信もない別の何か」ではない。
・・・これが先述の、
モーツァルトの何が好きなのか、という話題と全く同じだと、ご理解いただけるだろうか?
同様に、
熱量100で楽しむことだけが音楽だと言われても、
あなたの熱量100には敬意を払うが、僕にも共感や同調を要求するなら死にさらせ。
僕はあなたと同じ楽しみ方なんか絶対にできない。
あなたが僕と同じように楽しめるわけではないのと同じように。
だから僕はあなたを尊重し敬意を払い、あなたのそれを否定することはない。
だからあなたも同じように、僕の楽しみ方や熱量を理解しろとは言わないから、干渉するな。
要するにこれ、オタク趣味そのものなんだよね。
俺はあの漫画が好きだがこの漫画は嫌いだ、
でもお前があの漫画が好きなのは知ってるから尊重はするよ、と。
でもごめんね、どんだけオススメされてもクソなもんはクソだから要らない、と。
「音楽は自由」なんだと言い張る人がいっぱいいるけど、
自由なはずなのに、俺の私の意見に同調しろ、賛同しろ、共感しろ、
そのうえで俺の意向に従い、その意思を叫んだ俺を賞賛して支援しろ、と。
・・・?
お前の歌唱能力や作曲センス、ないし歌詞の選び方を賞賛することはあっても、
なぜテメェの蒙昧無恥で愚劣極まりない、
事実にも論理にも反するチンケな社会的正義や政治的主張に賛同しなきゃいけないんだ?
お前は黙って歌だけ歌ってろよ、それしかできない阿呆の分際で。
歌で称賛された人間に、歌以外の技能を、少なくとも僕がいつ要求したんだ?
音楽が自由なものであるなら、
人の数だけ自由があるはずだろ?
なんでそれをわざわざ一つに束ねようとしてんだよ。
ほっとけや阿呆。
自分に同調してくれない奴を積極的に排除しにいくなら、
音楽ほど不自由なものなんかどこにあるんだ。
要するにテメーは、
運動能力や学力といった普遍的な価値基準では勝てなかったから、
自分を認めてほしくて泣いちゃう、ママのおっぱい飲んでる赤ちゃんと何も変わらんわけだ?
ママのおっぱいを欲するようにして歌い?
知力体力で無価値であった自分であっても認めてほしいと、泣いてオムツに漏らすわけだ?
うるせえから死ねや。
オメーの歌は素晴らしかろうと、お前個人の愚劣さは何も変わってねえんだよ。
なんでスポーツマンが学力で世界一になれるんだよ。
学者がスポーツで世界一になれるわけねえのと同じだよ。
仮にそんなド天才がいたとしても、お前はそんなド天才じゃねえだろうが。
歌が、音楽が素晴らしいというなら、
お前はその点において優れた存在かもしれねーが、
学んでも鍛えてもいねえ無能な雑魚である事実は何も変わらんよ。
稼いだってババァ。
稼いだってペチャパイ。
稼いだって粗チン。
稼いだってチビ。
カネがあることは素晴らしいが、
だからといって、カネがお前の価値や魅力の何を保証するんだよ。
・・・・とまあ、ねえ、うん。
これ、ファッションにも同じことが言えるんだよね。
お前はオシャレでステキな人だろう、それは素晴らしいことだ。
僕にはない才覚だから、それができることはスゴイなあと思うよ。
だから困ったときは知恵くらい貸してくれと、素直にアタマを下げて教えを乞うだろう。
だがね?
オシャレであるという事実が、お前の体力や知力を少しでも増すというのかね?
お前がオシャレであるから、お前の作ったメシの味がうまくなるというのかね?
お前がオシャレであって人気者のオピニオンリーダーでインフルエンサーで?
うんそうだね、オシャレに関しては、確かにお前が第一人者だろう。
で?
その中卒程度の学識もなさそうなチンケなオツムで、
結論とデータが揃ってる環境問題だの政治的・社会的問題だのを、
今更ワケ知り顔でいっちょ噛みしてこなくてもいいよ。
お前が勉強不足で愚劣で阿呆で面倒臭いから、
最初っから俺らはお前のことを呼んでもいねえのに、
終わった議論をわざわざ蒸し返してんじゃねえよ。
オシャレなだけ、歌がうまいだけの、無能な雑魚には、
そんな巨大な社会的問題の解決なんかできやしねえよ。
現場のドカタ労働も、法務も、サーバーメンテナンスもできねえだろうが。
お前らの有する技能自体は確かに素晴らしい。
だがその事実が、お前自身の有能さを証明するものでは断じてありえない。
畑違いなことまでいちいち首を突っ込んでくるな。
ただの趣味嗜好ひとつで人格や能力の総合評価まで勝手に決めてんじゃねえ。
・・・・・・・・・・・・と、思ったことがある人は、多いんじゃないかなあ。
なぜ体力と知力と自制心と遵法精神ばかりが要求されるかって、
現実的に困ったときに要求される技能がソレだからだよ。
個人の体力でしか解決できない状況は多いし、
知力の片鱗だけでもあれば防げる集団パニックなんて無数にある。
自制心がなければ秘密なんて守れないし職務倫理もクソもないし、
状況によっては法を無視したほうがいいことだってある。
「道路交通法と渋滞と制限速度」の話題でもあるけれど。
歌で救える人は確かにいるだろう。
だが僕は歌で救える人じゃないから、歌を求めてないんだ。
お前にケンカ売ってるわけでも、技能を否定しているわけでもない。
むしろ僕にはできないことだからスゲーとさえ思っている。
だから僕のことをほっといてくれ。
失礼だがそのスッカラカンなオツムを使っているようには到底見えないから、
使わないなら切り落としたほうが軽くなって楽だろ、としか思えないから。
音楽趣味人って、
全てを音楽で判断したがるサイコ野郎が多すぎてなあ・・・
ファッションやメイク、美容整形、インフルエンサー、芸能人、・・・・
まあ虚業というか水商売というかは、全体的にその傾向が露骨なんだよね。
だからこそ、
音楽は教育として極めて重要なファクターだとは言うが、
音楽趣味そのものはウンコを召し上がってくださいとしか言えない。
なので僕は(※ここまで前置き)
子育ての悩み相談、
子供の習い事をどうするかという話題でピアノやバイオリンは強くオススメするけど、
部活や余暇での軽音楽・バンド類は一切オススメしていない。
「朱に交われば赤くなる」って、マジだからね。
麻薬、飲酒・喫煙、乱交、犯罪、反体制テロ活動など、
音楽という名のもとに行われている犯罪思想的同調圧力の敷設が、
あまりにも高頻度にして有害すぎるんだよ、ただ「音楽」とだけ言われたら。
ゲーム、漫画、アニメなどでそういうことはほぼ全くないんだけどね・・・
正しい意味で個人主義なオタクしかいない。
だから明確に民度が低いPvP(対戦)とマルチプレイは絶対やめておけと断言する。
あの界隈だけはオタクじゃない、
「スポーツでも学力でも勝てない負けDQN」が大勢群がってるからね。
いわゆる「有害な趣味」、
子供に与えるべきでないコンテンツの話でしたとさ。
あっそうだ。
LINE、TikTok、ショート動画は絶対ダメだよ。
品性下劣の結晶みてーなモンだから。
あとSNSやらせるならインスタは絶対ダメね。
今風に言うなら「スマホを手放せる人間」になりましょう、ってことだな。