今朝、久し振りに暖かい朝だったので庭の生垣を見ていて、以前から気になっていた皐月の植え込みの端に出ていたサザンカの小さな芽を植え替えようと引き抜く事にし、スコップや引き抜き道具を出してやってみた。以前、庭の真ん中に出て居た同じサザンカの芽を引き抜こうとして、スコップで根元を掘り返したのだが、20センチ近く掘ったのに全く抜けず、諦めてまた土を掛け直た事が有った。
今日はもっと小さい芽だったので大丈夫と思い、軽い気持ちでトライした。ほんの5センチ位の芽だったので楽に抜けると思っていたら、意外と手こずった。そして、驚いた事に僅か5センチ足らずの芽なのに、根っこはその倍以上15センチ位有った。他にも4,5センチの芽が3本有ったので、この際、皆引き抜き、別の場所に植え替える事にし、抜こうとしたら、どれもが全てその芽の高さの3倍位の根の長さであった。以前、抜こうとした若芽の高さは20センチ位だったから恐らく、その根の長さは50センチ以上有ったのだろう。それを軽い気持ちで、小さなスコップで少し位掘り返した処で抜ける訳がなかったと、納得した。
木の根とは斯くもしっかりとしたものなのだと改めて自然界の摂理の凄さ、確実な土台作りによる構成に感心した。だからこそ台風や豪雨にも耐えられるのだろう。つまり家の周りの木々はもとより、林、森に立っている木々は全てこの摂理に則って立っているのだと思う時、改めて、自然の凄さと、それに比べ自分の考え方の幼稚さを思い知らされたのであった。
思うに人は何か事を成し遂げようとする時、目的に直結する事は勿論だがそれ以上に目的の関係する事を幅広く、恐らく周辺項目、関連項目をその2,3倍位身に付け、理解、把握しておく必要が有るのだろう。自分では十分の準備をした積りでも確実な準備とはかくたる事なのだろう、と自分の能力の低さ、非力さを思い知らされた今日の木の移植作業であった。
以前、仕事で、問題を解決する際、何故それが問題なのか、何故そうなったのか・・・、と最低5回繰り返し問い直す必要が有ると教えられた事が有った。自然界を観察し、熟慮する時、これは自然界の仕組みと同じ事なのだと気付かされた。