戦後生まれの自分(最早、老年)にとって戦争とは親を始めとした周りの大人たちの(今では年老いて多くの人達が亡くなっている)辛い体験談でしか知る事の出来ない事件(?)だった様に思う。
彼等の話は何かのきっかけが有った時、思わず口に出て来たのだった。例えば私の小学校の担任の先生の一人は、シベリアから復員してきたらしかったがその事は言わなかった。唯、冬の或る日の授業中、経緯は忘れたが、授業を脱線し戦争の頃の話になった事が有った。
それは未だに忘れられない話で、真冬のシベリアでの事、濡れた手拭があっという間に凍る極寒の日、何かの罰で部屋から戸外に追い出された仲間が泣き叫びながら謝り、建物の中に入れて呉れと、外からドアや壁を手で掻き毟り、指先から出た血があちこちに凍りついていた事が有ったと言う話だった。私は想像しただけでも身体が痛くなる様で、数十年経った今でも決して忘れられず心に深く刻み込まれている。
軍歌の中で 「父よあなたは強かった」 と言う歌が有るが、その歌詞の中に
♪ 父よあなたは強かった 骨まで凍る極寒に 背も届かぬクリーク(水路)に
三日も浸かって居たとやら 十日も食べずにいたとやら よくこそ討って下さった
という部分が有ったと思う。この歌詞の内容が、あの極寒時に建物の外に追い出された人の話と重なり、身を切られる思いがし、胸が痛くなる。そして同じ歌の最初の部分には逆に
♪ 父よあなたは強かった 兜も焦がす炎熱に 敵の屍と共に寝て
泥水すすり草を噛み 荒れた山河を幾千里・・・
と言う歌詞も有る。この様な厳しい状況は実話であり、末端の一兵士に対し容易に要求された行動だったのだろう。だが戦後、生き残った多くの作戦を立てた人、指揮した人達はこの状況を理解していたのだろうか?彼等自身が先ずこの様な体験をすべきだったと思う、自衛隊員は今でもやっているのだろうが・・・。最近テレビで戦争体験や記録映画が放映されるのを見るにつけ、遣り切れなさを感じる。
以前、吉田拓郎が歌っていた、
♪ 戦い続ける人の心を誰もが判ってるなら 戦い続ける人の心はあんなには燃えないだろう
現実の戦争はゲームではない事を思い知ろう。