このブログは先日の宣言のとおり、8月末で一度休止か閉鎖か一旦終了して、たまに息子に大きな出来事(できれば素敵な報告だけにしたい)について記すことはあってもおそらく今後再開することはない。

みなさんへのお礼と今までの感謝の言葉はまだ全然考えてはいないが、最後のブログに載せようと思っているので、今はまだなにもいわずにおく。



倉敷を逃してしまった強豪たち(4年生はなかなか厳しいものだ)が集まる、お城で行われるある大会があるのは、このブログ読んでくれている方の7割くらいは知っているのではないだろうか?


僕の息子は先日のブログのとおりXくんに敗れてしまったので、お城に藤井聡太先生に会うのを夢見て、いや目標に遠い都会の地に赴いた。


結果は最低限のラインはクリアしたが、残せなかったといえばそうなる。


以前相まみえた強豪の少年と再び決勝トーナメントで対決したが、今回は敗れてしまったのだ。

もちろん、全国クラスで彼が優勝する可能性はもちろんある強豪だが、その少年も含めてY君も参戦して名前の知っている少年たちも5本の指ではおさまらないほどのメンツがトーナメントを抜けていた。


Y君に挑戦するのも目標のひとつであったが、今回も届かなかった。

段々全国の強豪の方達と親御さんも含めて顔見知りというか知人になっていく。


今回は妻がご挨拶をしたいということで弟くんもつれて、Yくんの親御さんとオフラインで交流もあったようだ。


妻が将棋の大会で嬉しそうな笑顔をしているのは久しぶりだ。

 

トーナメントで敗退した息子はしっかり感想戦をして名残惜しそうに場を去った。

落ち込んではいたが、妻に慰めてもらえる機会はなかなかない、今後も。


僕はそっと場を離れていた。


まだまだ子供とはいえ一廉(一角でもよいらしい)の強豪の少年将棋指しとなった息子は、もう僕の手を離れる寸前だ。


先日ウォーズ四段からなかなか地上スレスレをさまよい勝てなかった息子は、ついにぐんぐんウォーズ五段にむけて達成率をあげはじめた。


詰めバトをやりすぎた効果で久しぶりの詰めチャレが簡単になっている!といっていた。六段の問題は簡単ではないと思うぞ、、

詰めチャレは最高2450を超えた。八段もみえてきたようだ。


地元の息子と切磋琢磨してきた、三段クラスの少年たちは、もう大分実力差がついているのだろう、それと同時にすこしずつ交流の輪から僕たち親子は疎遠になっていってしまった。


わが県のトップの奨励会員現在二段の青年のお父様がいずれ孤独な戦いになっていくよ、と教えてくた、以前僕は一緒に登れるならみんなでとは言わないがなるべく仲間と登っていきたかったものだ。



Xくんの親御さんは、はじめから地方の強豪少年達のほとんどと距離をとっていた。

Xくんにもそう指示していたのだろう、必要以上のコミュニケーションをとるスタンスではなかった。


僕はXくんがかわいそうにみえたが、結局それはそれでひとつの正解だったのかもしれない。

才能は妬まれる。いずれ共には歩けなくなるのだ。



まだまだ未熟な息子はうっかりで勝てる試合を落とすこともままあり、安定はしない。


だが、大学全国優勝経験のある先生も息子に指導してくれることとなり、お師匠様と大学OBのその先生(息子が来るたびに嬉しそうな顔をしてくれる、まだ二十代前半かな?若い先生)と地元の地元の支部会長の県最強クラスの若き日の師匠と県代表を争った強豪の3人で組めば県の団体優勝は95%の最強の師匠方にみっちり指導を受けるという果報者の息子。

兄弟子の大学生も息子推しで時々家に来てもらっている、先生の戦法の棋譜を世界で一番AIにかけたのは彼だろう。


ありえないほどの恵まれた環境のなか、ようやく努力を始めた息子。

昔からお気に入りの棋書は何度も繰り返し読むが、棋譜並べや実戦(負けるのが好きじゃないとちう理由)あまりほかの子よりしなかった。

だが、今は違う。



研修会に送り出すとき、不安はなく誇らしい気持ちでいっぱいだった。

ここまで周りに将棋が嫌いになるとまで言われても、しっかりメンタルもマナーも含めて一線を越えたらTPO関係なく厳しくした。


全部プロになるために、とってきた過剰とも言われる教育と指導。

それはそのとおりなのだと思う。


今日研修会に送り出したとき、かけた言葉は油断せず丁寧に指さないと4連勝はできないぞ!


それだけだ、

一緒に歩いてきた道だったけど、そろそろ息子がひとりであるいていくだろう。


まだ、寂しさはなくて

息子の誇らしい成長の喜びしか感じない。




がんばれよ