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                                              2022年8月15日
                                               VOL.448

                  評 論 の 宝 箱
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                   見方が変われば生き方変わる。
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   448号・目次
  【書 評】   岡本弘昭 『第三次世界大戦はもう始まっている』
                 (エマニュエル・ドット著 大野舞訳 文春新書)
  【私の一言】 片山恒雄 『脳科学と倫理』




・【書 評】
┌─────────────────────────────────┐
◇             『第三次世界大戦はもう始まっている』
◇           
(エマニュエル・ドット著 大野舞訳 文春新書)
└─────────────────────────────────┘
                                            岡本 弘昭


 著者はフランスの歴史人口学者、家族人類学者。

 本書は、アラブの春、トランプの勝利、英国のEU離脱などを予言した著者の著述、2022

年3月に文藝春秋社に収録された「第三次世界大戦はもう始まっている」、2017年3月にAspenReviewに収録された「ウクライナ問題を作ったのはロシアでなくEUだ」、2021年11月にElucid.に収録された「ロシア恐怖症は米国の衰退の表れだ」及び2022年4月に収録された「ウクライナ問題の人類学」の4遍から成る。

 著者は、本書の冒頭で、「歴史上の出来事は、往々にして見る方向により意味が違って

くる。イギリスやフランスのメディアでは、ロシア軍がウクライナ市民を攻撃し、病院を爆破

し子供達を殺す映像が連日流され、ロシアという国が怪物のように描かれている。しかし、ここでおこなわれているのは、まさに戦時の情報戦であることを忘れてはいけない。西側

メディアからの糾弾がロシアに潜在する暴力性を一層呼び起こす恐れもある。これに対応

して我々はウクライナの歴史を振り返りつつ冷静に事実を踏まえる必要がある。」と指摘

している。
本書は、このような視点から著者のウクライナ問題の見解が述べられているが、、事実の

多様性を知り、同時に本質を知るには努力がいることを教えてくれる。

 本書の内容は、ウクライナ問題が中心であるが、同時にこの問題の背景から、今後の

我が国のありかたについても言及し、この観点からも一読する価値がある。読みやすい

本である。

 興味深い内容が少なくないが、私が特に関心を持ったのは次の点である。
ウクライナ問題の本質は、冷戦後のアメリカの対ロシア戦略にあり、戦争の責任はアメリカとNATOにあるとの指摘。ロシアのウクライナ侵攻は、元来ローカルな領土問題であるが、本質的にはこの戦いはアメリカ・ロシアの死活問題のかかった戦いであり、長期化すれば

第三次世界大戦となる可能性があるという指摘。
戦争はアメリカの文化やビジネスの一部であり、アメリカの同盟国である日本は、国益に

反する戦争に巻き込まれる恐れがある。
日本は、今後核を持っていずれ同盟から抜け出し、自律する道をとることが必要であろと

いう指摘。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【私の一言】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

                    『脳科学と倫理』
───────────────────────────────────
                                            片山 恒雄


 私が常日頃知りたいと思っていることの一つに、人間の心や意思は何時、何処でどのよ

うな仕組みで人体に宿るのかという問題である。脳がどんなに複雑に進歩しようとも所詮

は単なるモノに過ぎず、生育の一過程で突然心を宿すとは考えにくい。また、心はいった

い身体のどこに宿っているのか、二千年にわたり人類の謎であり続けた。私はこの点に

ついて、ある神官に尋ねたことがある。すると「胎内の成長の一過程で神が人間に授ける

ものです」と、何の淀みもなく即答された。

 一方、自然発生的に人体内に芽生えるという説には、心は脳に存在するという一元論と心臓に存在するという二元論とがある。心臓は文字通り心の臓器と解釈すれば、後者は

説得力があり、ギリシャのヒポクラテスが説いたが、今の医学界では、心は脳で自生し、

脳に存在し続けるというのが定説になっている。十七世紀の哲学者デカルトは、「方法序説」の中で、「我思う故に我在り」と説き、「あらゆる事実と思われるものをすべて否定しても、「考える自分」だけは存在する」とした。彼は「脳の松果体の中に、思念や魂が存在する」とした。松果体としたのは、脳の中の臓器は二つずつあるのに、松果体だけは一つし

かないからだとした(実際には一つしかない臓器は他にもある)。本題に入る。

 では心や意識は脳のどこに存在し、指令を発したり考えたり自覚しているのであろうか。「『こころ』はいかに生まれるか」の著者桜井武氏は、我々が日ごろ働かせている意識や認知、論理的思考、内省、判断、未来予測などの思索は大脳皮質の一部である前頭前野が深くかかわっていると説く。また著者は、こころが表現する感情の一つとして、「情動」(脳

科学者が定義する「感情」に近い概念)を例にとり、こころが脳内でどのように発生し、作

動していくかを論じている。
その「情動」は脳の大部分を占める大脳皮質に取り囲まれ、脳の中心部にある「大脳辺縁系」と呼ばれる臓器により生み出される。そして外界から受ける感覚・情動・記憶の三者は脳の中で極めて密接に機能している。一方、記憶もこころの働きに大きな役割を果たして

いるが、これには、大脳辺縁系を構成する海馬と扁桃体が大きな役割を果たしている。

 一方、別の本「『私』は脳のどこにいるのか」の著者である澤口俊之氏によれば、こころや意識は、脳の前頭連合野に属する大脳新皮質の中のニューロン集団(モジュール構造)

内にあるとされ、これが階層的にネットワークを作っているという。著者はシステムとして

の一連の特殊なニューロン群が活動し、プロセスが進行することによって意識や心が形

成されることは間違いないと述べている。
(ニューロンとは広辞苑によれば、「脳の中の神経細胞とそこから出る突起を合わせた総称」とあり、さらに神経細胞とは、「主に脳および脊髄すなわち中枢神経または末梢神経

に存在する神経節中にある細胞。数本の突起を有する」とある)。
一方で前頭連合野にはワーキング・メモリーという行動や決断に必要な様々な情報を保持する記憶装置があり、意思決定を支えている。

 こうしてこころや意識がどこに存在するかは分かったが、いつ、どのようにして人体に宿ったかという私の当初の疑問は依然として解明されていない。
ところで最近の読売新聞(2022年6月12日朝刊)の科学欄に試験管の中で臓器を培養できるという記事が掲載されていた。これをオルガノイドという。
オルガ(組織)とノイド(のようなもの)の合成語であり、様々な細胞からなる生体内の複雑

な構造や細胞内の相互作用を再現することが可能になるという。
記事によれば、最も謎に満ちた臓器である脳の再現の可能性も見えてきた。将来は意識

が芽生えることもあり得るという。しかし考えてみれば、試験管内で意識を持った臓器に対面することを想像すると、無気味な感じがする。さらに進んでロボットが意識を持つように

なると人間社会を襲うことも考えられるのではないか。この辺で倫理的な制御機能を持つ

恒久的な組織を用意しておく必要があろう。


編集後記
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 5月25日のNHKクローズアップ現代は、「脳と機械をつなぐ新たな技術「ブレイン・マシン・インター

フェイス(BMI)」が注目を集めている。慶應大学では、体の機能が麻痺した人のリハビリ装置を開発。手が動くようになった男性は「ようやく自分の体になった」と喜び、広島大学では、脳の一部を活性化し、うつ病の症状を改善する取り組みをしている」と報じ、さらには「未知の能力を手に入れる研究」も

始まり、脳と機械をつなぐ技術の可能性は大きいものがあると伝えています。

ただ、併せて理論物理学者ミチオ・カク氏のリスクについての次のような指摘も伝えています。

「機械と脳をつなぐこの技術は、もろ刃の剣です。例えば、独裁者は脳とつながる機械を使って人々

の心をコントロールし、意のままに操れる兵士を作るかもしれません。さらに、社会が分断される危険

性もあります。能力を強化された人間と、そうでない人間の間で、格差が生まれてしまいかねません。実用化される前に、倫理的な規制を議論するのが理想的です。技術の進歩は早く、予測不可能です。鍵は、民主主義的なプロセスです。この技術がどのようなものか、可能性と規制のあり方を共有して

いくべきです」。

科学技術の進歩はめざましいものがありますが、一方、倫理観や道徳心の教育や浸透は遅く、いろいろな面で問題の先送りをしているのが現代でしょうか。改めて、人間、人間のあり方を抜本的に考えるべき時期に来ているといえましょう。
今号もご愛読・寄稿などご支援ご協力有難うございました。(H.O)
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  第449号・予告
 【書 評】  片山恒雄 『江戸問答』
             (田中優子・松岡正剛共著 岩波新書)
 【私の一言】 福山忠彦 『観光立国を唱えた松下幸之助の優れた先見性』

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