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                                        2020年4月15日
                                             VOL.392
                 
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                 書評、映画・演芸評をお届けします。
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第392号 
・【書評】    吉崎哲男 『鬼の研究』 

                (馬場あき子 著 ちくま文庫) 
・【私の一言】  吉田龍一 『ハザードマップと自己責任』

・書 評
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                    『鬼の研究』
              (馬場あき子 著 ちくま文庫)
└─────────────────────────────────┘
                                             吉崎 哲男
                                  
 能の演目には鬼能と分類されているものがある。その演目(「大江山」、「土蜘蛛」、
「黒塚」、「鵜飼」など)は、鬼や鬼神などをシテ(主役)としたもので、前半では人間
として登場し、後半で本性を現すことが多い。

 能においては、シテのあるべき姿を「風姿」と呼ぶが、世阿弥は『風姿花伝』で、
鬼の姿について「砕動風(さいどうふう)」と「力動風(りきどうふう)」の二つに分けて
いる。「力動風」は、「形も心も鬼である冥界の鬼」を概念化したもので、世阿弥自
身は少なくても当初は「当流では演じてはならない」としていた。
それに対して「砕動風」は、「形は鬼だが、心は人だから、心身に力を入れずに細
やかに動きを砕くもの」とし、すべての風姿は「砕動風」を根本とすると述べている。
「形は鬼なれども、心は人なるがゆへに」という一風(風雅、おもむき、流儀など)が
「砕動風」の考えとしている。

 本書は、その、世阿弥の「形は鬼なれども、心は人なるがゆへに」という一節を序
章に引いて、「私が<鬼>とよばれたものの無残について述べようと思うのも、この
も、このような人間的な心を捨てかねて持つ鬼にたいする心寄せからである」という
動機から書かれた。

 著者は1928年生まれの、現代短歌を代表する歌人であるが、古典文学、民俗学、
さらには、戦後間もなく喜多流宗家に入門して習い始めた能にも造詣が深い。それ
らの業績が評価されて、2003年に日本芸術院賞受賞、2019年には文化功労者にも
選ばれた。

 本書では、『日本霊異記』、『大和物語』、『今昔物語』などの説話や伝説、『平家物
語』、『源氏物語』などの古典文学、そして、それらから多くの題材がとられた能の演
目に出てくる鬼の話など膨大な資料を収集し、そのうえで、鬼の誕生から、王朝の暗
黒部に生きた鬼、天狗と山伏の世界、極限を生きた中世の鬼など、その系譜を緻密
に分析した結果、「鬼は人であり、王朝の繁栄の陰で破滅し、暗黒部でしぶとく生き
た人間たちの意志や姿である」と捉えたのである。

 本書が書かれた当時は70年安保の前夜。中学校から定時制高校の教師になって
いた著者は、「60年安保の時に中学生だった教え子たちが学生になっていて、学生
運動が分裂し暴力が始まり、ボロボロになっていった。責任を感じながら何もしてや
れない。彼らの敗北を見ながらの執筆でした」と朝日新聞のインタビュー20127
24日付朝刊)で語っている。いわば、安保反対運動に挫折した学生たちの苦悩の姿
を、能に表現された鬼の無残に重ねて筆を進めたものだろう。

 本書初版(三一書房。19716月)はその年の内に7刷の増刷を重ねたというほど
の大きな反響を呼び、1988年には文庫化され(ちくま文庫)、20195月時点で22
刷と増刷を重ねている。その裏表紙には、「日本の歴史の暗部に生滅した〔オニ〕の
の情念とエネルギーを、芸能、文学、歴史を狩猟しつつ、独自の視点からとらえなお
し、あらためてその哲学を問う名篇」と書かれているが、確かに「鬼」は、今なお日本
人の心の奥底に深い情念を潜ませたまま、その根を絶っているとは言えないのでは
ないか。特に、毎年の節分の時期になると、そんな思いを断ち切れない。
 

                               
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 【私の一言】 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

                  『ハザードマップと自己責任』
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                                            吉田 龍一

 ハザードマップは、近年我が国では自然災害が多く発生しており、この災害に対
する備えが重要な課題であるところから、あらかじめ危険性を把握し出来るだけ被
害を軽減するという目的がある。これは、過去のデータと科学的な知見も合わせ作
成され予測精度は高く、また各家庭に配布されるなど活用しやすいといわれている。

 ところで、昨年の台風19号は広範囲に記録的な大雨をもたらし、多数の河川で堤
防の決壊等を引き起こし甚大な被害が生じた。この原因としては、堤防などハード
整備に予算と時間の壁が立ちはだかり被害が生じた例や、住民の堤防の整備につい
て何らかの観点からの反対から堤防の整備が出来ずに終わって被害がでた例もある。
しかし、注目されるのはハザードマップとの関連である。

 長野市の場合、台風19号による浸水地域の周辺は、19年版ハザードマップでは、
最大1020メートルの浸水が想定されていたと伝えられ、今回の浸水地域内には県
立病院、大型商業施設のほか、長野新幹線車両センターもあり、北陸新幹線の車両
120両が置いてあった。同社では氾濫時に浸水の恐れがあることを認識していたが、
車両を「避難」させていなかったという。つまり、ハザードマップは活用されてい
なかったということで
ある。また、台風の被害とは直接関連はないが、世田谷区の調査では、一部の地域
で、ここ5年でハザードマップ内の住人が20%弱増えたという調査もある。

 東京女子大の広瀬弘忠名誉教授(災害リスク学)は、「東日本大震災以来『想定
外』の災害への備えが叫ばれてきたが、ハザードマップの浸水エリアは『想定内』。
これは最低限、備えなければならない内容だ」と強調されている。この指摘の通り、
現代は想定外への対応も必要な時代ではあるがこれは対応が難しい。現実問題とし
ては、「想定」の範囲内であるハザードマップを活用して危険を探り、命を守り街
を守る努力がそれぞれの住人に課せられた義務であろう。異常気象が続き、また、
地震対策を必要とする昨今、少なくとも想定内の災害に対する備えは、自己責任で
しっかり対応することが望まれる。

話は飛ぶが,昨今の新型コロナウイルス対策に関しても、その封じ込めには国民個々
人の責任意識が大きく問われているといえる。


編集後記
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新型コロナウイルス対策として、政府は4月7日に「緊急事態宣言」を出しました。
対象は、感染経路の追えないケースが増えている東京・埼玉・千葉・神奈川・大阪・
兵庫・福岡の7都府県です。これは専門家が感染の急増を防ぐために必要な目標とし
ている、人同士の接触を7080%減らすことが目的といわれています。ただ、内容は
都道府県知事により、外出自粛要請、指示、公表等ができるようになるということ
であり、いわゆるロックダウンではありません。個々人の行動変容による接触機会を
減らすことを期待するものです。

 戦後の日本人の価値観は、ミーイズム、エゴイズムに象徴される「自己中心主義」
とも言われますが 国難と言われている現状の中で、価値観の変化による行動変容を
期待したいものです。
 
今号も貴重なご寄稿有難うございました。(HO
なお、ひすい社ホームページは下記となります。よろしくお取り計らい下さい。
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第393号 予告
・【書評】     片山恒雄  『以下、無用のことながら』 
                   (司馬遼太郎著 文芸春秋)
・【私の一言】  川井利久  『死期の自己管理権について』 
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