こんにちは。
やっと、ウチにも電気が戻り このブログを書いています。
水が出るようになり、電気も戻って何とか復興の兆しが見えてきてホッとしています。
けど、俺の住んでる地域は全然いい方でまだまだ水も食料も、ましてや非難出来ずにビルの屋上などの屋外で
救援を待っている方たちもたくさんいます。
ただ、ニュースをみて諦めないで生きて欲しいと祈るしか出来ないのが悔しいです。
ニュースなどで知ってると思うけど、3月11日宮城県沖でM9.0の地震が起きました。
その時、俺は会社で仕事をしていました。 地震は最初はゆっくりとした動きだったのでいつも通りすぐにおさまるだろうと軽い気持ちでいたのですが、徐々に強い揺れに変わり立っていられない状態になりました。
電気が消え、会社内のものは激しく動き、社員さんたちの悲鳴と叫びで包まれていました。 逃げようにも揺れがおさまらず、激しく揺れる中上司の方たちの誘導に従い必死に外に逃げました。
外に出てみると地震と信号が止まった影響で交通事故があちこちでおき、救急車とパトカーのサイレンがひっきりなしに鳴っていました。
みんな無事か点呼が終わると、帰宅してもいいと言われたので慌てて家に車で向かいましたが、信号が止まっている為、なかなか右に曲がれず渋滞が起き、いつも通っている道路も電柱が倒れてしまっていたため通ることが出来ず、細い道を通らされたりしました。
所々道路が陥没したり、崩壊したりしているところを見るとさすがに体が震えました。
やっとのことで家に着き、家族の無事と自宅の無事が分かると張り詰めていた緊張の糸が切れて涙が溢れました。
家に入ると、タンスや棚といった大きな家具は倒れず無事でしたが、上に乗っていたものやらが落ちて、家の中はすごい事になっていました。
夜になるとホントに真っ暗で、何も見えなくなりました。 ロウソクの明かりの中でご飯を食べ、ラジオを聞きながら不安な夜を過ごしました。
余震も20分おきくらいにくるので、とても寝れませんでした。
朝になると新聞が届き、記事を見て今回の地震のすごさを痛感しました。
また、近所のスーパーには食料などを買おうと100M以上人が並び、給水所には長蛇の列、ガソリンもすぐに売り切れてしまいました。
携帯電話も連絡がとれず、安否確認をするために公衆電話にも長蛇の列が出来ました。
幸い俺のはメールならかろうじて通じていたので、他県に住んでいる友達からメールが届いていて、それを読むと嬉しくて泣きそうになりました。 本当に有り難かったです!! ありがとう!!!!!
今では、余震はまだあるものの、強さも弱くなり、回数も減って来たのでまだまだ油断は出来ませんがとりあえずホッとしています。
電気や食料、水の有り難さを痛感する5日間でした。 まだまだ、ガソリン不足なのが不安ですけどね;;
被災地に協力してくださっているたくさんの方々に本当に心から感謝しています!! 本当にありがとうございます!! まだまだ完全な復興まで時間はかかりそうですが、希望を捨てないで一生懸命生きたいと思います!!!