~養源院~淀殿が父を想って建立したお寺
こんにちは。先日、京都の養源院に行ってきました。養源院は豊臣秀吉の側室の淀殿が父、浅井長政の供養のために、秀吉に願って1594年に建立したお寺です。建立して、程なく、火災にあって焼失し、徳川秀忠の夫人である崇源院(お江)の願いによって、伏見城の遺材を用いて再建されたそうです。今、ある本堂はその再築されたものだそうです。このお寺の案内は私が伺った時(2016年9月)は、カセットデッキを持ったお寺のおばあちゃんが、部屋の一間一間、デッキを持ち運んでは再生ボタンを押して、カセットテープに録音された案内をみんなで聴くという感じでした。この本堂の天井は「血天井」と呼ばれていることで有名だそうで、伏見城落城の時に、鳥居元忠以下の将士が城を守り、最後に自刃した廊下の板の間をこの養源院本堂の天井として、その霊を弔ったものだそうです。伏見城の戦いについてのwikiの説明はこちら実際に、この天井を眺めると、生々しい血痕の後のような色が今でも残っています。