NHK大河ドラマ「光る君へ」には毎熊克哉さん扮する''謎の男''直秀が登場し人気を博している。


もちろん直秀は、脚本上の架空の人物で、昼間は権力者を風刺する散楽のメンバーだが、夜には盗賊に変身するという設定だ。


ところが、平安時代の事件を詳細に調べて見ると、直秀に酷似した謎の人物の記録が残っているのである。


直秀に似た'謎の男'のその後を詳しく見ていこう。


平安時代は極端な格差社会で、金銀財宝を蓄えた都の有力貴族たちは、盗賊の格好の標的となった。


藤原道長邸も例外ではなく、1011年寛弘8年12月、二日連続で窃盗に入られたという記録が残っている。


そして衣装と銀製の提などが盗まれている。


1017年寛仁元年に道長は、蔵にあった金銀二千両を盗まれたが、この時は盗賊を逮捕して、盗品の半分ほどを取り戻している。


この時に逮捕された盗賊団の一人は、道長の顔見知りであったと記録されている。


しかも当時の盗賊団は、普段は芝居や散楽のような芸能団に、隠れ蓑として身をやつしていたという。


この人物が直秀のモデルであったわけではないが、実際に彼と酷似した人物が存在したことは事実である。


この人物は他の捕縛された盗賊たちとともに、平安京の三大葬送地の一つであった東山の鳥辺野で処刑されている。


実は直秀も、ドラマではその後に同じような運命をたどることになる。


それはともかく、「紫式部の給料は?」の動画で判明したように、当時の庶民は極端に貧しかった。


ドラマでは紫式部たち中級貴族も貧しという設定になっているが、一般庶民の収入はその100分の1程度でしかなかったのである。


平安時代の庶民の悲惨さは、芥川龍之介の短編「羅生門」や、黒澤明監督の同名の映画にも詳しく描かれている。


日本は平安中期から寒冷期に入り、凶作が続いた。


また地震と疫病が庶民を直撃した。

そのため当時の地方の貧しい若者は、生きていくためにみなが都を目指した。


「都にいけばなんとかなる」という考えが、全国の特に若者の間に広まっていた。


しかし実際には都でも職はなく、飢えた若者たちの中には、直秀のように権力者に不満を持つ者が現れる。


そして彼らはやがて盗賊などに身をやつし、貴族の屋敷に盗みに入り、盗品を仲間たちとわけあった。


彼らは、昼間は散楽などで権力者を風刺しながら、夜になると盗賊に身を変えたのである。


平安貴族の社会があまりにも華やかなので、かえって直秀たちの貧しい姿がクローズアップされ社会的矛盾が浮き彫りになる。


ところで藤原道長の同僚には同じくエリート貴族の藤原公任がいたが、実は公任が当時の盗賊事件の記録を偶然に残している。

彼は検非違使別当、現在の警察庁長官のような役職の時に、「北山抄」という著作を残している。


公任はこの「北山抄」を書くのに、過去の事件記録の裏紙を使った。


そのために今も検非違使が関わった当時の事件簿ともいえる記録が、偶然に残っているのである。


藤原公任が偶然残した平安時代の事件簿には、強盗に関する次のような内容が書かれている。


この時代の群盗は、散楽などの芸能団に所属したり、都の貴族の邸宅につかえる下層の雑色・下人らである場合が多かった。


また、貨幣の流通が一般化していない当時にあって、盗品といえば、衣裳、刀剣などの武具、牛馬、金銀製の品が主であった。


なかでも衣裳がよく狙われ、ひどいものになると1008年寛弘5年の大晦日の夜に事件は起こっている。


この京の一条院内裏に押し入った盗賊は、二人の女官から衣裳を強引に剥ぎ取って裸にするという悪質なものであった。


一方宮中の大蔵省や民部省、穀倉院などには、諸国より運上の物資が保管されていたので、当然のことながら盗人たちの標的となった。


そして記録には、天皇が住む内裏にまで盗賊たちが潜入した記事が残っている。


当然であるが宮中には天皇をはじめ後宮の人たちの貴重な衣裳・調度が沢山あった。

あるときには、女の盗賊二人が御所の清涼殿に潜入し、こともあろうに天皇の御座所に近づいた。


天皇はこの女盗賊二人と鉢合わせとなったが、蔵人という役人を呼んで逮捕を命じるという一幕もあったという。


天皇の居所近くにまで賊が入ったという例はほかにもあり、警固役は一体何をしていたのかということになる。


天皇の警護役は内裏の滝口に詰所があったために「滝口」と呼ばれたが、当時はまだ宮中の警護はずいぶん手薄だったようである。


京内では、有力貴族の邸のほかに、受領の邸宅が狙われた。


受領は各地に赴くが、かれらが任国で得た米や財宝は、その度に京の屋敷に運び込まれた。


数か国の受領の経験者ともなると、巨万の富を得て蔵はふくれあがり、強盗はその蔵を狙い襲った。


盗賊は盗みに入った後に放火したので、京の町では強盗放火による火事が頻発した。


また、地方に発生した不満を持つ武士が、貴族や受領の館を襲撃する事件も起きている。


受領宅を狙った強盗や襲撃の場合、その多くは任地での強引な搾取による恨みが原因となっていた。


これらの犯罪に対し、治安に当たったのが検非違使であった。


都の検非違使たちは懸命に犯人逮捕に努めたが、犯罪率が高くなるとともに、次第に無力となっていく。

ドラマでは直秀たち散楽のメンバーが、盗品を貧しい庶民に分け与える義賊を演じている。


しかしその散楽のメンバーも、最期は悲惨な結末を迎えることになる。


ドラマでは、直秀と交流したまひろと道長は、果たして彼の志をどれだけ引き継いでいくことが出来るのだろうか、楽しみである。


【直秀は存在した!?】ユーチューブ動画