キスでしか想いを伝えられなくて -2ページ目

第3話 出会いのきっかけ

なおくんとはチャットで知り合った。


なおくんと付き合った後で、あとから聞かされた話なのだが、
前々からチャットで“お兄ちゃん”として慕っている知り合い・ヒロさんが、
「知り合いに君と同じ名古屋の人で可愛い子がいるよ」と言って、なおくんに私の写真を見せたりしていた。
だけど、なおくんはタイプじゃないのか「あ、そう。」といって興味を示さなかったらしい。笑
その当時、なおくんは26歳で、高校生の18歳の私には興味がないといえば当然だろう。
また、その当時はチャットに入り浸りだったものも、全くなおくんにチャット上で出会ったことはなかった。

その時でのなおくんと私の共通点といえば、ただ名古屋に住んでいることと、ヒロさんを知っていることだけだった。
お互いにチャット上で会ったことも話したこともなかった。


そして、ある日、なおくんとチャットで出会う日がやってきた。



第2話 レンアイ

なおくんと出会ったのは高校3年生の秋頃だった。


その当時、なおくんと知り合う前、

同い年で違う高校に通う政也という人が好きだった。


政也とはメル友で知り合ったのだが、

「好き」と言っても、本当に好きなのかがよく分からない微妙な状態でもあり、

「本当に大好き」という決定打がなかった。


政也はどこから見ても完璧な人だ。

すごく優しいし、思いやりはあるし、かっこいい。

笑顔の素敵な人だ。


だけど、会って話したり遊んだり一緒に勉強したりしていて

どこか物足りなさも感じていた。


それがなにかは分からないけど、その物足りなさが「本当に好き」となる決定打には至らない理由だろう。


しかし、気になっていて好きになっていることは事実だし、

恋愛ってこんなものなのだろうなぁと勝手に解釈していた。


実は今までちゃんとした恋愛をしてこなかった上に、きちんと人を愛したことがなかったので、恋愛だとか人を好きになるだとかというものがよく分からなかった。


いつも自分から物足りなさを感じて冷めてサヨナラしてしまう。

随分勝手な女だった。



私は指定校推薦でもう受験が終わったのも同然だったが、

政也はまだ受験中でこれからいよいよラストスパートだという時期だった。

彼は愛知でも有数な大学を本気で目指していた。


そんな真面目に頑張っている彼に恋愛モードをかけモーションをかけるわけにはいかなかった。

彼の受験が終わってから、自分の想いを伝えようと思っていた。

遠距離になっちゃうかもしれないけど、その時はそのときになってから考えようと考えていた。

つかず離れずの距離を置いていた。



そんなとき、なおくんが現れた。




第1話 原点

18歳、高校生3年の夏の終わりごろ。

当時、私は指定校推薦で大学合格がほぼ決まっていた。

大学に提出しなければならない入学志望書はもう郵送済みで、

あとは大学の面接を受けるのみとなっていた。

指定校推薦なので、もう受験勉強をする必要もなくなったし、

なにかの部活に所属しているわけでもなかったので、

毎日が暇で、趣味の読書をしたり

このころ始めたブログを書き綴ったりと、毎日暇な日々を過ごしていた。

大好きな村上春樹に激しく感化されたのもこの頃だった。

高校の図書館でなんとなく借りた村上春樹著・「ノルウェイの森」にひどく心を動かされ、

ひどく落ち込み、深い喪失感にも襲われたりしていた。

村上春樹の「ノルウェイの森」を読んで以降、

「生きるというのはなんだろう?」「なぜ生きているのだろう?」

「生きている意義とはなんだ?」

という疑問を抱き、毎日悶々と深く考え塞ぎこんでいた。

私は、特に自分という存在にどうしても存在価値を見出せなかった。

幼い頃からなにかにつけて母は些細なことでも、

「躾」という正当な名目を称し、暴力を振った。

殴られ蹴られ、

なにかちょっとヘマをすると、これでもかというくらい

けちょんけちょんに言葉でなじられて自分を否定されて、

毎日が凄く辛かった。

「お前は本当に父親そっくりだ」

「お前はなにをやってもダメだ。動物以下だ」

「最低だ」

「お前なんか産まなきゃ良かった」

「死ねばいいよ」

「お前は本当に何も出来ないね。ダメだ。将来ダメだ」

生きた心地がしなかった。

生きることの対しての理不尽さに苛まれ、

解決に至らない不安、虚無感、空しさを抱えていた。


けれどそんな生活にもあともう少しでピリオドを打つ。


大学に合格したら、生まれ育った名古屋を離れて九州で生活し、親から離れることができる。


将来に全くの希望を見出せなくとも

大学に合格すれば親から離れて

きっと親のしがらみから抜けて平凡な人生を送るのだろうと、

高校3年生の私は、楽観的希望を抱いていた。


「きっと、これからなにもかもがうまくいく」


そう信じていた。



親のいない縛られない自由な世界。


これからが本当の私の人生だと。



この18歳後半頃は、

まさに私にとっての人生の原点であった。

またターニングポイントでもあった。


本当の人生のスタートが18歳後半から遅くも始まろうとしていた。