さて、すっかり中華人民共和国と大韓民国から、非難の的になっている靖国神社…。
国のために散っていった多くの命が、祀られています。
…が、逆賊の汚名をきせられた人物は、祀られていません。
その一例が、幕末、尊皇攘夷運動で活躍、江戸城無血開城などを達成した西郷隆盛です。
幕末では、大藩薩摩において、途中、蟄居などで虐げられながらも、最後は犬猿の仲であった長州と手を組み、薩摩を歴史の表舞台へと押し上げました。
維新後は、征韓論争に敗れ、下野しました。その後、武士の特権を奪われた士族の不憫さを憂い、情に満ちた采配で、「西南の役(西南戦争)」を明治政府に対して起こし、最後は自害しました。
いろいろ、書いていると、「この人こそ国のために生きた人じゃないのか?」とも思ってしまいます。
しかし、明治政府においては、「天皇」が一番です。
西南戦争当時、(1877年)、まだ、憲法はありません。大日本帝国憲法ができるのは、1889年です。
しかし、やはり、天皇中心の国家であったことは間違いないですから、明治政府に対して反乱を起こした西郷は「逆賊」の汚名をきせられて最期を遂げたのです。
しかし、いわゆる第二次世界大戦後の「極東軍事裁判」で「戦争犯罪者」とされた方々は、“逆賊”ではないので、今も合祀(一緒に祀られていること)されています。
そういう、「国のために、当時としては天皇のために頑張った人」を祀っているという定義を、もっとアジアの2カ国に主張することはダメなんですかね?
「ヒトラーを祀っている教会に、ドイツ人が行くようなものだ」と中韓は主張します。
う~ん、これをどう見るのか??
「あいつらアホちゃうか」的なコメントは、ヤフコメでもその他サイトでも見ます。
しかし、このブログの趣旨は「見方の味方」ですし、「絶対理解し合えない相手でも、双方が「歴史の見方」を分析し、ちょっとでも理解し合えることはできないか?が目的ですので、やっぱ直接説明をしたいもんです。こういったことは、政府主催や、民間でも大手主催のプロジェクトなら「双方、ナショナリズム」があり、引くに引けないであろうから、全く議論はかみ合わないでしょう。
だから、我々、小市民が交流するのが一番だと思うのですがね…(^_^)
そういえば・・・、僕は知らないんですけど、「今でも靖国神社に追加で祀られる人」はいるのですか?
1950年までで止まっているのならば、中韓に戦争にこじつけられるかもしれないですね。今でも「希望」とか「入る資格」が合致すれば、靖国神社に祀ってもらえないのですか?
あの、仁に満ちてしんでいった西郷隆盛が、靖国で祀られる可能性もありますか??